今回は、「信託」を活用して、共有不動産リスクを回避する方法について見ていきます。※本連載は、税理士・菅野真美氏の著書、『老後の備え・相続から教育資金贈与、事業承継まで「信託」の基本と使い方がわかる本』(日本実業出版社)の中から一部を抜粋し、「信託」のメリットと使い方をご紹介します。

不動産の共有者と「連絡が取れなくなる」リスクが・・・

【相談内容】

将来、共有者と連絡がとれなくなるおそれがある・・・。

 

斎藤太郎は、所有している分譲マンションの一室を賃貸していましたが、昨年、死亡しました。子供は一郎と愛子の2人です。太郎の妻はすでに他界しています。

 

一郎は、賃貸用マンションの近くに住んでいて子供が2人います。愛子は外国人と結婚してロバートという子供が1人いますが、夫とは離婚してそのまま外国で居住しています。子供は成人して外国籍となりました。実は、愛子は癌を患っており、余命が長くない状況です。遺産分割の結果、このマンションは一郎と愛子で60%:40%の割合で共有となり、一郎が不動産管理を引き継いでいますが、一郎は不動産を将来的には売却しようと考えています。

 

ただ、共有不動産の場合で売却したりするときは、共有者全員の承諾が必要となります。愛子が死んだ場合、ロバートが相続人となりますが、ロバートと連絡が取れない状況になっているかもしれません。そのような状況になった場合、いい買手が現われても売却する機会を失ってしまうかもしれません。将来、売却問題が生じたときもスムーズに解決できる方法はないでしょうか。

 

[図表1]斎藤家の親族図

 

1つの財産を複数の人が所有する方法の1つに「共有」があります。共有は、複数の人が1つの財産を持分割合に応じて所有するものです。他の人も同じ財産を所有することから、その財産について行う行為について、保存行為、管理行為、変更行為に区分され、単独でできるものから全員の同意が必要なものまであります。

 

保存行為」というのは、他の共有者に不利益とならない行為であることから、これは単独で行うことができます。たとえば、共有物の修理です。ですから一郎と愛子が共有している不動産については、一郎単独で行うことができます。

 

管理行為」というのは、共有物の利用や改良ですがこちらは持分価格の過半数の同意が必要となります。管理行為の中には一定の賃貸契約の解除があります。一郎と愛子が60%:40%の割合で所有しているマンションについては、一郎が共有持分の価格の過半数を有していることから一郎単独で解除できる場合があります。もし、一郎と愛子の共有割合が各50%である場合は、一郎が過半数を有していないことから、単独で賃貸契約の解除はできません。

 

変更行為」とは、物理的な変化、法律的な処分行為であることから、共有者全員の同意が必要となります。大規模修繕、建替え、売却などが該当します。一郎と愛子が60%:40%の共有割合で所有しているマンションの一室の売却の場合であっても、一郎と愛子の同意が不可欠となります。もし、愛子が死亡した場合は、その持ち分は相続人がいる限り、相続人である子供に引き継がれます。愛子が日本人であり、相続財産が日本の不動産であることから、相続人が外国人で外国居住者であったとしても日本の法に基づき相続手続きは行われます。愛子の死後、相続人と連絡が取れなくなった場合は、たとえ共有不動産の売却の機会があったとしても、原則的には、共有者の同意をとることができないことから売却は難しいとされます。

 

このような行方不明の共有者がいる場合の解決方法の1つとして、不在者の財産管理人を家庭裁判所で選任してもらい、その管理人が許可を得て売買する方法がありますが、この方法を採用するとしても時間がかかり、売却の機会を失うリスクもあります。

信託の設定で、共有者の同意なしで財産の処分が可能に

このように将来、共有者の中に連絡不能な人が現われる可能性がある場合は、信託を設定して、共有者の同意を得ずとも財産の処分ができるようにすることにより問題を解決することができます。

 

スキームのポイントは次の通りです。

 

[図表2]共有者の同意なく不動産を売却するための信託スキーム

 

信託することにより、不動産は受託者(一郎)の名義となります。信託契約において、この不動産の管理や処分については、一郎の判断で意思決定できるように盛り込むことにより、愛子や愛子の相続人の同意なく不動産の管理処分をすることができます。

 

信託期間中の不動産の所得については、一郎や愛子等(愛子の相続人含む)が受益権割合で収受したものとみなして所得税の申告を行わなければなりません。

 

注意しなければならないのは、非居住者の所得にかかる税金です。恒久的施設と言われる拠点を日本に持たない非居住者の愛子に賃貸料を支払った場合は、原則的には、支払時に借主は20.42%の所得税や復興特別所得税を源泉徴収しなければなりません。ただし、借主が個人で、その人やその人の親族が住むための不動産の賃貸料に関しては、源泉税は不要となります。

 

このケースの信託の場合、実際には日本に住んでいる一郎に家賃を支払うことになりますが、40%の部分は実質的な所得の帰属者は非居住者の愛子等になると考えます。

 

なお、不動産を売却した場合も売主が非居住者の場合は、買主は10.21%の税率で所得税と復興特別所得税を徴収するのが原則です。ただし、対価が1億円以下であり、かつ、買主が個人で、その個人またはその親族の居住用のものについては、源泉税は不要です。

 

源泉徴収された税金は、非居住者の確定申告の際に精算することになります。

 

コラム:相続で不動産を共有するときの注意点

相続財産である不動産については、各相続人に分割することが難しい場合が多く、相続人が法定相続分で共有取得することがしばしばあります。各相続人が法定相続分に応じて取得することから取得時にトラブルが起こることは少ないです。

 

しかし、二次相続が発生し、顔を合わせたこともないような親族が共有者となるとトラブルが増加し、なかなか意思決定ができない傾向にあります。賃貸の用に供している不動産や売却予定の不動産については、所有者側のスムーズな意思決定が不可欠ですが、共有はそれを妨げるリスクが高くあります。

 

このリスクを回避するためには、本スキームのように被相続人が遺言で不動産を信託するという方法だけでなく、相続人が、法定相続分で不動産を相続した後に、不動産を信託する方法もあります。注意すべきは、賃貸用不動産について信託し、長期間、賃貸の用に供する場合で大規模修繕のような大きな費用が生じたときは、その損失が税金の計算上切り捨てられ、節税メリットがなくなることです。

老後の備え・相続から教育資金贈与、事業承継まで 「信託」の基本と使い方がわかる本

老後の備え・相続から教育資金贈与、事業承継まで 「信託」の基本と使い方がわかる本

菅野 真美

日本実業出版社

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