自分の死後も妻の生活を守り、従姪に遺産を承継したい
【相談内容】
田中太郎は、長年、不動産の賃貸業を営んできました。
最近、物忘れがひどくなり、今までと同じように事業を営むことに不安を感じています。また、体調もよくなく、自分の人生の残り時間が限られていると覚悟しています。
さらに悩みの種は、妻の花子のことです。花子は認知症であり、自分が何をやっているかもわからない状況です。太郎が元気なうちは花子の面倒をみるつもりです。でも、自分が死んだ後の花子の生活が心配です。
花子の生活資金は、年金と太郎の賃貸マンションの家賃収入で足りるのはわかるのですが、花子では賃貸マンションの管理は難しいです。従姪(いとこの娘)の中山桃子が近くに住んでいるので面倒をみてくれたらと思います。実は、田中太郎夫婦には子供はいません。両親も亡くなりました。太郎には兄弟もいません。でも、花子には弟の鬼塚寅雄がいます。弟は定職をもたず、酒癖が悪く、以前、結婚していましたが、奥さんに逃げられたようです。
太郎の死後、太郎の財産が花子にすべて移ることについては、太郎は当然だと思っています。でも、花子が死んだら、花子に渡った財産が寅雄に渡るのは納得いきません。世話になる桃子に渡したいと考えています。ただ、桃子を養子にするということは考えていません。
今回のケースでは、田中太郎の法定相続人は妻の花子しかいません。ですから、遺言を書かなくとも田中太郎の全財産は自動的に花子に継承されます。
花子が自分自身で意思決定する能力がないならば、相続の手続きを行うことは難しいため、このような場合は、成年後見人を申し立てることになります。
成年後見人は成年被後見人の身上監護と財産管理を行うことになります。ですから、成年被後見人が不動産管理業を営んでいる場合は、本人の財産を守ることを前提としてこれらの業務にかかわることになります。
ただし、成年後見人の仕事の範囲に成年被後見人に代わって遺言を書くなど、一身専属的な行為の代理は含まれません。ですから、本人に代わって遺言を書くことはできません。
花子が遺言を作成できずに亡くなった場合は、その財産は、自動的に弟の寅雄に移ることになります。これを防止するために田中太郎が遺言で、「自分の全財産は花子に渡すが、花子が亡くなったら、その財産は桃子に渡す」とまで決めることはできないとされています。
[図表1]田中太郎の親族関係図
委託者の死後も妻は守られ、財産の引継ぎも可能に
田中太郎のニーズにより応えるためには、信託を利用することがベターです。スキームは次のとおりです。
[図表2]夫婦の生活を守り財産をお世話になった人に移すためのスキーム
賃貸マンションは桃子の名義となります。桃子は受託者として、自分の名義である賃貸マンションの管理を行い、利益を受益者に分配します。太郎の死後、受益者は花子になりますが、花子は判断能力が不十分であるため、浅田陽菜を受益者代理人として花子の代わりに受益者の権限を行使して受託者をチェック兼アドバイスします。
太郎、花子両名が亡くなった時点で信託は終了し、賃貸不動産等残余財産は桃子に帰属します。
田中太郎の最も望んでいることは、花子の生活の支援と、残余財産の桃子への承継です。この両方を実現させるためには信託がベターです。信託の設定方法として、遺言が考えられますが、遺言では、実際に信託が機能しているかどうか田中太郎は確認できません。また、桃子への賃貸業の引継ぎの時間もあまりありません。そこで、田中太郎の生前に桃子と信託契約を締結する、いわゆる「遺言代用信託」を採用しています。
この信託において、田中太郎が死亡した後は、妻の花子が受益者となりますが、花子は認知症なので受益者として受託者をチェックすることはできません。そこで、専門家として田中太郎にアドバイスを行ってきた浅田陽菜を受益者代理人とします。なお、浅田陽菜が花子の成年後見人となる予定です。成年後見人が受益者代理人を兼ねることは、花子の生活を守るという観点からも問題はないと考えます。
専門家である浅田陽菜が成年後見人と受益者代理人になって、受託者である桃子の業務をチェックし、アドバイスすることにより、信託を使った花子の老後の生活の安定と、さらに花子の死後の財産の桃子への移転がスムーズに行える可能性が高まります。
なお、花子が亡くなった時点で、弟の鬼塚寅雄が相続人となります。寅雄は花子の弟で遺留分がないため、そもそも花子が遺したすべての財産について遺留分の減殺請求を行うことはできません。
花子の死亡により財産を取得する桃子が、その財産について相続税を申告納付しなければなりません。なお、桃子は花子の養子でないことから、子が相続により取得した財産に課せられる相続税の2割増しの相続税を払うことになります。