新通貨1ウォンは、旧通貨100ウォンに相当
カール・メンガー オーストリア学派の創始者、1892年(※1)
(※1)Carl Menger, “On the Origins of Money,” Economic Journal 2 (1892).
2009年、北朝鮮が同国の基準で見ても異常なことをやった。紙幣の金額からゼロを2個取り去った新通貨を発行したのだ。だから新通貨1ウォンは、旧通貨100ウォン相当とされた。(※2)
(※2)Choe Sang-Hun, “North Korea Revalues Its Currency,” New York Times, December 2, 2009.
これ自体はとりたてて新しいやり方じゃない。これまでさまざまな国が、インフレと闘うツールとしてゼロを減らした新通貨を発行してきた。1994年、ブラジルはまったく新しい通貨レアルを発行して、インフレに苛まれたクルゼイロレアルに換わる存在とした。政府はこのまっさらな新レアルは2750クルゼイロレアル相当であると発表した。
旧通貨を新通貨と自由に交換できるかぎり、このどれも消費者にとって本質的に良くも悪くもない。アメリカにドル紙幣がなくて、すべてがペニーで値付けされていたと想像してほしい。ある日、政府がペニーは法貨として認められなくなったと発表する。かわりに100ペニーは新通貨ドルと交換できて、すべての価格はドル表示されるという。かつて価格が200だった商品は、2になる。
購買力には何の変化もない。ペニーをたくさん持っていた人は、ドルをたくさん持つことになる。銀行口座はもっと単純で、すべての口座のゼロが2個減る。価格は下がったように見える(だからインフレと闘うツールとされる)が、蓄財という点でみれば、裕福な人は相変わらず裕福で、貧しい人は相変わらず貧しい。単位がペニーでなく、ドルになっただけだ。
7歳以上なら、5ドルは500ペニーと変わらないとわかる(6歳児ですら、そう何度もだまされない)。ポケットに入れておくコインが減るだけだ。店ではもうペニーを受けつけないけれど、ソファのクッションの下で300ペニー見つけたら、銀行に行けばいつでもドルに換えられる。ブラジルは、旧クルゼイロレアルと新レアルの交換期間をおよそ1年間設けた。ヨーロッパにはドイツなどのように、旧貨幣(ドイツマルク)は永久にユーロと交換可能と発表している国もある(ドイツマルクからユーロに切り替えたのは15年以上も前だけれど)。
北朝鮮における「市場と鉄道の駅では混乱」の理由
でも北朝鮮は、他の国とはちがう。北朝鮮が通貨改革を断行したとき、政府は一定額──公定レートでおよそ690ドル相当(闇市場レートでは、たった35ドル)──の旧通貨しか新通貨と交換できないと発表した(※3)。
(※3)政府の公式為替レートがつねに通貨の市場価値を反映しているとはかぎらない。北朝鮮のようなところではなおさらだ。北朝鮮ウォンは国外では基本的に無価値なので、諸外国はそんなものを持ちたがらない。結果的に、ウォンをもっと有用な国際通貨(ドルや人民元など)と交換したい人は、ウォンの価値が政府の値付けよりはるかに低いことを思い知る。たとえば2013年末のドルとウォンの公式為替レートは1ドルあたり96ウォン。闇市場レート──取引人がすすんでドルをウォンと換えるレート──は、1ドルあたり8千ウォンだ。
旧通貨を大量に保有していた人は、蓄えた財産の大部分を失った。それこそが狙いだった。北朝鮮政府は公式な配給を基盤とした経済の外でおこなわれる、闇市場の活動を容認できなくなりつつあった。闇市場のトレーダーはこっそりと現金の山を築いていた。政府が一筆書くだけで(あるいは何であれ北朝鮮の最高指導者が法を公布するのに使う手段だけで)、不法に蓄えられた財産の大部分が没収された。
当然ながら、北朝鮮の一般市民の多くは、冬と春を飢えずにしのげるように現金を蓄えていた。通貨改革の発表後、北朝鮮から漏れ伝わるわずかなニュースによると、貯蓄のある人たちは旧通貨を新通貨に換えようと家路を急ぎ、「市場と鉄道の駅では混乱」が見られたという。(※4)北朝鮮の人々が割り当て分の旧通貨を新通貨と交換できたのは24時間のみだったのだ。
(※4)Ibid.
亡命者の一人は『ニューヨーカー』誌のバーバラ・デミック記者にこう語っている。「一日で有り金すべてが消えました。ショックで病院に担ぎ込まれた人たちもいました」
北朝鮮政府は価値あるお金を価値のないものにしてしまった。興味深い権限だ。(※5)
(※5)Barbara Demick, “Nothing Left,” New Yorker, July 12 and 19, 2010.
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