今回は、お金が果たすべき3つの役割のうち、「会計単位」「価値貯蔵手段」について見ていきます。※本連載は、米国・ダートマス大学で公共政策・経済学を教えながら、全米ベストセラーとなった『経済学をまる裸にする(Naked Economics)』などの著書を持つ、チャールズ・ウィーラン氏の著書、『MONEY』(東洋館出版社)の中から一部を抜粋し、「お金」のしくみについて解説します。

①会計単位…取引価格決定のために不可欠

前回の続きです。

 

すこし整理してみよう。すべてのお金は──ドルからサバのパックに至るまで──理想的には3つの目的を果たすはずだ。

 

第一に、お金は会計単位だ。物の価値を評価するとき、人は具体的な通貨単位に基づいて考える。たとえば初歩的な仕事の面接を受けたとしよう。会社によると、初任給は牛6頭とオレンジ11箱だという。これは高給といえるだろうか。一見しただけではわからない。

 

見当をつけるために牛とオレンジをドルに換算してはじめて、この給料は意味を持つ。会計単位は──それがドルであっても、円でも、イルカの歯でも──万能翻訳機のようなものだ。羊毛織のセーター1枚がニンジン何本に相当するかとか、トヨタカローラ1台に店頭表示価格の27インチの薄型テレビを付けたものと、経済学入門教科書3千冊相当のホンダシビック1台とでは、どちらが価値が高いかとか、いちいち考えずに済む。

 

すべてをドルに換算して比較したらいい。いまや物理的なお金はなくなりつつあるけれど、取引価格決定のためには必ず何らかの会計単位が必要だ。筆者はスターバックスで現金払いのかわりにカードを機械に通すが、それでもグランデサイズのコーヒーの代金が引き落とされるときは、ドルとセントで考えている。

②価値貯蔵手段…いま支払いを受け、後で購買力を利用

第二に、お金は価値貯蔵手段だ。いま支払いを受け入れて、その購買力を後で用いる方法をもたらす。刑務所で散髪を請け負う囚人は、差しあたり欲しいものがなければ、髪を切ってやってマックを自分の監房に積み上げておけばいい。ドルの支払いを受け入れる場合は、その価値はしばらく変わらないと合理的に確信できる。

 

袋入りの米や、無額面切手(アメリカ郵政公社が存在するかぎり、将来いつでも、定型封書をアメリカ国内のどこへでも郵送できる)にも同じことがいえる。歴史を通じて、お金として使われてきた財は一般に、塩、タバコ、動物の皮など保存が利くもので、リンゴ、花、鮮魚などではなかった──理由は明白だ。刑務所の散髪屋役が商売の場に新鮮なサバを積み上げていたら、財産の大部分は(おそらく顧客の大部分も)たちまち失われてしまう。

 

言うまでもなく、これこそまさに北朝鮮の貨幣に関わる陰謀をとても狡猾なものにしている。新しいウォンと交換できる古いウォンの量を制限することで、政府は市民が将来に向けた価値貯蔵手段と見なしていたものを一掃した。

 

タンスの裏に隠してあったウォンの山は、食料、衣服、電化製品、その他、価値あるものを求める権利の象徴だった。最高指導者の発表を受けて、こういったウォンの山は、せいぜいが火をおこしたり、屋外トイレに持ちこんだりしかできない紙くずに成り下がった。(※1)

(※1)屋外トイレへ、というのは軽薄な思いつきではない。1990年代のジンバブエのハイパーインフレでは、1千ジンバブエドル紙幣の価値はトイレットペーパーより下がり、隣国の南アフリカ共和国のさまざまな事業所では、ジンバブエドルをトイレに捨てないようにとの注意書きを掲げることになった。

 

[写真]

このトイレではトイレットペーパーしか使えません。段ボール、布、ジンバブエドル紙幣、新聞紙はダメ
このトイレではトイレットペーパーしか使えません。段ボール、布、ジンバブエドル紙幣、新聞紙はダメ

 

2004年、似たようなことがアメリカの刑務所で起こった。この頃まで、刑務所内で好まれる通貨はサバでなく、タバコだった。拘置所や刑務所が禁煙になって、タバコを大量に隠匿していた人は、北朝鮮の闇市場の商人と同じ心持ちになっただろう:運の尽きだ。

 

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本連載は、2017年12月15日刊行の書籍『MONEY』から抜粋したものです。最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

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