今回は、自社の役員・従業員に「M&Aの情報」をどこまで共有すべきかを見ていきます。※本連載では、島津会計税理士法人東京事務所長、事業承継コンサルティング株式会社代表取締役で、公認会計士/税理士として活躍する岸田康雄氏が、中小企業経営者のための「親族外」事業承継の進め方を説明します。

役員・従業員には、事前に相談しておきたいが・・・

役員や従業員はサラリーマンに過ぎないため、オーナー個人の資産承継に係る問題について意見を求める必要はないと考えるかもしれないが、会社の経営陣にだけは事前に相談しておいたほうがいいだろう。後から突然の売却の話に驚き、大混乱を招いて親族外承継(M&A)の交渉が壊れるケースがあるからである。

 

また、現実のケースとしては極めて少ないが、もし役員や従業員に、株式買取りの資金を調達できるのであれば、経営陣による自社の買収(MBO:Management Buy Out)も検討できるかもしれない。近年、経営承継円滑化法において、親族外後継者に対する資金調達の支援や、贈与税の納税猶予制度が導入されたことから、一度は検討してみるとよいだろう。

 

ただし、注意しなければならないのは、売却対象となる会社の役員(取締役)は、親族外承継(M&A)の実行後に真っ先にリストラ対象となることである。それゆえ、親族外承継(M&A)に対して役員は大きな不安を感じる。親族外承継(M&A)の話を打ち明ける際には、オーナーの個人的事情を丁寧に説明し、彼らの理解を得られるよう時間をかけなければならない。

 

これに対して、従業員への説明は、最終契約締結日又はクロージング日まで控えたほうがいいだろう。従業員は、親族外承継(M&A)の直後に解雇という事態にはならないため、取引実行の直前に話したとしても、大きな混乱を招くことはない。ただし、デュー・ディリジェンス対応などで関与が必要な経理担当者には、早い段階から親族外承継(M&A)の事実を伝えるしかない。

会社を高く売るつもりなら、不良債権等は予め整理を

売り手が会社を高く売ろうと考えるのであれば、不良資産や買い手が不要とする資産を予め整理しておく必要がある。不良資産の価値についての売り手と買い手の考え方は大きく乖離していることが多く、そのままでは合意することが難しい。事前に問題となる資産を切り離してしまえば問題は解決できる。

 

売り手は、資産価値のあるものはそれを評価して欲しいと考える傾向にあり、不良資産であっても、それに価値があると思えば、売り手は取引価額に反映させてほしいと考える。しかし、買い手は、売り手にとって価値があっても自社に不用な資産であれば評価はゼロとする。

 

逆に、不良資産を維持管理するために必要な人件費や、処分費用を考慮するとしたら、マイナスの価値となるだろう。これが買い手にとっての公正な評価であるため、売り手が考える評価と一致することはなく、価格交渉を難航させる要因の一つとなる。

 

不良資産を事前に第三者に売却するなどの処分ができない場合、その解決策は、オーナーが買取ることである。オーナーの資金が不足しているのであれば、必要な資金を会社から借り入れた形にしておいて親族外承継(M&A)の後にオーナーの手元に入る売却代金から返済する方法もある。

 

親族外承継(M&A)の際に、買い手と売り手の交渉において問題になりやすい資産は不動産である。本業とは無関係の投資用不動産を保有している会社であれば、事前にそれを切り離すことが求められる。

 

また、オーナーが個人で所有している土地の上に法人が建物を建てて利用しているケースが多い。しかも、土地の賃貸借に関してオーナーと法人間で実質的な賃貸借関係があるにもかかわらず正式な賃貸借契約が結ばれていない。

 

このような場合は、現状の賃貸借関係を維持するよりも、建物をオーナーが買い取る方法や底地を法人が買い取ることで権利関係を整理する方法のほうが好ましい。建物が古くて資産価値がほとんどない場合には、法人の負担により建物を取り壊して更地にすることで権利関係を清算してしまう方法もある。

 

いずれにせよ、不動産など買い手が価値を評価しない不良資産は事前に切り離しておかないと、親族外承継(M&A)の際の価格交渉が難しくなることに注意しなければならない。

 

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