組織改変で縦割りになり、居心地が悪くなったシティ
(前回からの続きです)
─シティからスタンダード・チャータード銀行に移ったのは、特別な経緯があったのですか?
シティの組織が変わって居心地が悪くなったのが、いちばんの理由だったかもしれません。僕が入ったころは「東京は東京」と地域で独立した構造があったのですが、シティ全体で縦割りになり、東京に勤務していながら上司はロンドン、というようなかたちになってしまったのです。
当然、同僚たちの数は減り、ソロモンとの合併で見知らぬ人が入ってきて・・・なんとなく、居づらくなって辞めてしまいました。
─なぜロンドンなのですか?
ロンドンというのは為替で儲けやすい、特別な場所なのです。
理由はいくつかありますが、まずは時間的な問題です。世界の時間の流れで「アジアのあと」「ニューヨークの前」なので、どちらの資金も入ってくるのです。だからロンドンが、最も取引が活発な場所なんです。
次に、イギリスの政策の問題があります。1986年に行われた「金融ビッグバン」と呼ばれる金融市場改革によって、海外の資金が集まりやすい構造が出来上がりました。
それに先だってアメリカも自由化の路線を取っていますが、そのアメリカと旧ソ連の冷戦によってロンドンの金融市場としての優位性が高まっていたという面もあります。
冷戦時代の旧ソ連だって外貨としてアメリカドルが必要でしたが、直接アメリカと取引できないのでロンドン市場を利用していたわけです。
ユーロドル、つまり米国以外に存在する米ドルとその取引の場所はアジアも含めた広い範囲に及ぶのですが、やはりロンドンが中心的な場所となっています。ロンドンには共産圏の資金もあれば、「ロンドンには武器商人がたくさんいる」などといわれるようにヤバい資金も動いているようです。
それから、歴史があるという点も無視できません。大航海時代に保険制度が生まれ、いまだに保険の引受などで評価が高いはずです。アメリカにも金持ちはいますが、ヨーロッパには歴史ある金持ちが大勢います。
いろいろな要因が絡み合った結果、ロンドンに金融や運用の土壌があり、その場所を目指してさらに資金が集まる、世界中の金融機関が集まる、といった構図があるのです。
アングロサクソンというのは、枠組みをつくるのがうまいと思うんですよ。
イギリスの個々の産業に競争力があるとは思えないのですが、金融のわかりやすい枠組み、つまり標準化されたものをつくり、それを世界中にきちんと示して取引を促し、なおかつ、あまり規制をかけない姿勢で臨みます。日本と比較してみると、理解しやすいと思います。日本語という特殊な言語があり、閉鎖的なルールがある──これでは外のおカネは入ってきません。
スタンダード・チャータード銀行の友人に誘われて…
─なるほど、そうですね。話を戻して、シティを辞めたあとのことを聞かせてください。
シティを辞めたあとはフラフラしていたのですが、スタンダード・チャータード銀行にいる友だちから声がかかったのです。「アルバイトでディーラーをやらないか」と。たしか、1日あたり7万円とか8万円という条件でした。
スタチャン(スタンダード・チャータード銀行)が為替の部門を始めたばかりで、セールスはいてもディーラーがいない状態だったのです。
しばらくはアルバイトでディーラーを務めていました。昼ごろから夜の12時くらいまで、つまり東京市場の午後とロンドン市場をカバーする時間帯ですよね。ところがスタチャンが本格的に為替業務をやることになり、アルバイトに自己玉を持たせるわけにはいかないから「社員になれ」ってことになり、再び為替ディーラーとして数年を過ごしました。
でもスタチャンも業務縮小で、トレードの部門を東京に置かない、仕事を続けるなら香港、みたいなことになってしまい、当時は香港に住むことに抵抗を感じたので辞めることにしました。
これが、2008年でした。「相場は対応力。でも数字を追うだけではありません」
─そして現在は? よく考えると、YEN蔵さんの日々の仕事って知らないんですよね(笑)。
スタチャンを辞めたあと、またのんびりしていたのですが、為替をテーマにブログを書き始めたら、それがきっかけで講演の依頼が来るようになりました。
そのほかに、コンサルティングの仕事もあります。マーケットでの売り買いをテーマにするのではなく、富裕層を対象にマクロの話、つまり世界的な経済とか金融マーケットの潮流をレクチャーするというような仕事です。
もちろん、自分でもトレードを続けています。生活費を稼ぐというよりも資産を殖やす手段と位置づけていますが、金額的にはそれが大きいですね。
田代氏は為替の世界にいたこともあり、国境を越えた視点をもっている。例えばプレーヤーとして、目の前にある国内マーケットでどんな儲け方があるのかという観点を大切にするかたわら、現金資産をどの通貨でどこに置いておくかといった発想を自然なかたちでもっていると感じるのだ。
株価の動きを観察するのは、経済という枠組みの一部分を見る行為だ。しかし経済の根底には通貨のシステムがあるのだから、株、為替、債券といくつものマーケットを知っている人の強みは、視野の広さと柔軟性だろう。
投資家として大切なのは「確信ある自分流」を合い言葉に専門分野に徹することだと私は考えているが、意図的にそこから離れて他人の考え方に触れてみることも重要だと思う。
こういったインタビューの場で、異なる分野で勉強してきた人の話を聞くと、面白いだけでなく新鮮な情報に出会える。
前述したように田代氏は、為替だけでなく株のトレードにも積極的だ。このあとは、彼が行う株のトレード手法を通じて、売買技術に関することや為替と株の相違点などについて話してもらった。