銀行同士の撃ち合いあり、顧客との撃ち合いあり・・・
─為替ディーラーの業務全体について教えてください。
為替ディーラーというのは、〝何でもあり〟の世界です。まずはブローカーとして顧客の注文に応じるのが基本ですが、取引所がないのですべてOTC※です。それぞれの金融機関がPTS(私設取引所)の役割を担っている、と説明するほうがわかりやすいかもしれません。取引のレートは、すべて個別に決めていきます。
しかも僕が仕事を始めた当時は、顧客が売り買いをきちんと示さずに「売りと買いを両方建てておけ」なんて言ってくるんです。
つまり、「売りと買いのどちらにするかは、あとで決める」という意味です。為替の売買単位は1本が100万ドルなのですが、「売りと買いを100本ずつ」だったりします。
※OTC
「Over The Counter」の略。店頭の相対(あいたい)取引のこと。
─そんなわがままを聞くんですか?
そのかわり、われわれがレートを決めますし、基本的に反則というものがないんです。
OTCということは、平たく言えば〝呑み〟ですよね。証券会社が株の注文をマーケットにつなぐ場合、例えば大きな買い注文が来るのを知っていて自己で買っておくなんて大反則ですが、為替の世界では関係ありません。
顧客のわがままを聞いて玉をさばきながら、自己の思惑でも玉をつくる──つまり営業活動の「セールストレーダー」を務めながら、自らの資金で利益を狙う「プロップトレーダー」の立場でもあるということですね。
銀行同士の〝撃ち合い〟があり、顧客との〝撃ち合い〟があり、という状態がふつうなのです。いや、もう少し過激な表現で、「殴り合い」と言ったほうが近いでしょう。
─全員が敵なんですか?
そんなことはありません。ブローカーとの関係を大切にして注文を1社にしか出さず、処理しやすいように配慮してくれる大手筋もいました。逆に、自分が出す大きい玉で、銀行がいきなりマイナスを抱えることを承知で〝撃ってくる〟大手商社もいました。
その手の状況は、営業の姿勢にもよりますよね。営業が受けた注文がディーラーに回ってくるのですが、期待するような連係プレーになるとは限りません。
会社全体としては、注文の口銭が得られる一方で、玉を引き受けなければならないのですから、扱いにくい注文に対しては社内で駆け引きもありました。
大きい玉でも、例えば一発目に軽く出してくれれば準備ができるのでさばきやすくなりますが、いきなりドーンと撃たれたらやりにくいわけですよ。
為替取引の仕組みそのものはいたって単純なんですが、やっていることは複雑です。駆け引きがない世界なんてありませんが、昔の為替というのはかなり特殊な世界だったと思います。
顧客の注文に関しては素早く対応する必要がありますが、自分のポジションはオーバーナイトして翌日まで、あるいは翌々日まで、これらを同時にこなすわけです。
でも、1日に2〜3円動くことがあり得る時代でしたから、自己のトレードで狙うのは10銭とか20銭ではなく、数円単位の値幅を取りにいく感覚でした。
効率的になりすぎ、おもしろさが減った「電子取引」
─3カ月間のトレンドを見る、といったことは?
結果的にそういう時間軸になることはあります。例えば去年(2012年)の11月から今年(2013年)の5月までは、円安トレンドでしたよね。
その流れをうまく読んで「ドル/円のロングしかポジションを取らない」戦略を続ける、ということはあり得ますが、同じポジションを何カ月も持ちっぱなしにはしません。実際のポジションは、建てて手仕舞いしての繰り返しです。
立場的に、月々の成績をつくる意識が必要だったこともありますね。1カ月か2カ月マイナスがあっても年間で稼げればOKなんですが、半年に1回しか張らないようなトレードでは十分な成績が出せませんから、大きな利益を得られるチャンスを狙いながらもコツコツと小さな利益を積み上げていくことになります。
金利とか貿易のヘッジの為替取引に携わっているディーラーは長い時間軸でマーケットを見ていますが、直物にからむ業務では時間軸が短くなります。翌日までのオプションとか。
─オプションで翌日まで、ですか?
日経平均のオプションはSQ前日が期日ですが、為替はすべてOTCだから自由に設定してしまうわけです。例えば雇用統計の発表前日に「どちらかに動く」という思惑で両サイドを買っておくといったトレードです。
─イベント・ドリブンですね。
イベントに際したわかりやすい例を示しましたが、短期のトレードが中心というわけではありません。
いろいろなケースでオプション単独の売り買いをしますし、直物とからめてオプションのポジションを持つこともあります。期間は2〜3週間、あるいは2〜3カ月といった、僕らの世界での中長期が中心です。
例えばドル/円のコールを買うと、円安になったときに、そのオプションは値上がりしますよね。それをベースにドルを売り上がる、といったトレードをします。つまり、オプションにヘッジのような役割をさせたうえで直物をトレードするわけです。
─オプションの相手方は?
同じ銀行内に「オプションデスク」という部署があって、僕たちディーラーの玉を受けてくれるんです。彼らは彼らで大きな玉を扱っていますから、通常ならばディーラーの玉をそのまま抱えても問題ない、という構図があります。
─「昔の為替市場」を説明してもらいましたが、現在はどうなのですか?
いま説明したようなスゴイ状況は、もうありませんね。
「売りと買い両方建てろ」という注文のことを「ツー・ウェイ・クォーテーション」(Two way Quotation)っていうんですが、電子取引が主体だからそんなムチャな要求もありませんし、銀行同士が侍のように「やあやあ我こそは〜」と名乗って斬り合うみたいな構図は、もう見られません。いわゆる「野蛮な世界」ではなくなってしまったわけですよ。
そもそも、今は取引に厚みがありますよね。昔はそれほど大量の売り買いが集まる状況ではなく、一部の大手が支配していたり、売り買いしようとしてもプライスがない、株でいう「板がない」状態が生じたりもしましたが、現在はそれなりの規模の玉が出ても2銭か3銭しか動かなかったりします。
それに、例えば個人投資家の小さな玉だって、間接的にですが、インターバンク市場に届きます。すべてIT技術の進歩を土台とした電子取引の発達によるものです。
─その変化を、どう感じていますか?
効率的になりすぎてしまって、おもしろくないという印象はありますね。参加者の増加と電子取引によって厚みが出て、そこにアルゴリズムとかHFTと呼ばれる高速プログラム売買が加わって、さらにトレンドを殺してしまっているのですから。
そういえば、株の値動きを10銭単位にするんですよね。そんなことをしたら、動きがなくなってしまうのではないでしょうか。
株の魅力というのは、ストップ高をつけるとか短期で3倍になるとか、合理的なベースがありながらも不合理な値動きがあるところですよね。それが10銭単位でチクチク動き始めたら、マーケットに人が集まってくるのかなあと思いますね。
個別株においては、数倍になる可能性のある「値の軽い」銘柄が僕のイメージです。
─YEN蔵さんは、株も積極的にやっていましたね。そのあたりのことは、あとでゆっくりと聞かせてもらいましょう。
田代氏の話を聞き、あらためて昔の為替の世界を知った。振り返って、自分が歩んできた株式市場のことを考えてみた。
銘柄が多いことや株の「発行体」(上場企業)という存在があるので目に見えない不利な要素もあるのだが、例えば「東証一部で地味な数銘柄だけを対象にする」というように、限定的な範囲で行動している限りは単純である。
そして「自分の出処進退を考えることに専念しよう」というシンプルなイメージをもちやすいのだが、同時に〝見えない部分〟も多分にあるような気がする。
そんな観点から、田代氏には、私にはない〝器用さ〟を感じるのだ。