経済は「読み解く対象」から「創り上げる対象」に
ここまで、私が事業を通じて研究してきた経済の特徴についてお話ししました。
経済とは簡単に言うと「人間が関わる活動をうまく回すための仕組み」です。
その中の1つの形態として、現代の貨幣経済や自由市場経済が存在しています。
経済と聞くと、政治家や学者だけが財政政策を考える時に議論するようなテーマと捉えがちですが、人が3人以上存在していて生きるための活動を行っていればそこには必ず経済の要素が入ってきます。
例えば、生産活動をするために大勢の人が集まっている「企業」も経済システムと言えますし、エンジニアが作る「Webサービス」、地域の人たちが集まって盛り上げる「商店街」、大学生が運営する「サークル」に至るまで、名前が違うだけで、それぞれが1つの小さな経済システムと考えることもできます。
[図表]
そして、手軽にネットでサービスを作って世界中の人に使ってもらえるような時代になった今、経済は「読み解く対象」から「創り上げていく対象」に変化しつつあります。
世の中の悲劇や不幸の多くは、悪人によって起こされるよりも、実際は、誤った仕組みが大規模に社会に適用されることによって起きているほうが多いのです。
社会における多くの非効率や不幸を最少にするためには、物事をうまく回すための普遍的な構造を理解し、何かを新しく創る人たちが、それを使いこなせるようになることが近道です。
そのためには、生のデータに触れて、実生活で使える「活きたノウハウ」にまで落とし込む必要があります。
自己発展する「経済システム」に共通する要素とは?
ここからの話では、以上の考察を踏まえた上で、実生活に応用するために、私が積み上げてきた「活きたノウハウ」を紹介します。
社長やリーダーであれば組織をうまく運営する方法、プロデューサーであれば良いサービスを作る方法であり、事業開発や経営企画の人であればプラットフォーム戦略のノウハウと置き換えられるかもしれません。
ノウハウと言っても、技術や小手先論ではなく、普遍的な法則です。
あらゆるものに応用できるので、自分が関わっている生産活動に当てはめてみると面白いと思います。
とりあえず「生産活動をうまく回す仕組み」を「経済システム」と、ここでは呼ぶことにします。
「経済システム」は、大前提として自己発展的に拡大していくような仕組みである必要があります。
誰か特定の人が必死に動き回っていないと崩壊するような仕組みでは長くは続きません。
よくできた企業やサービスは個人に依存していません、仕組みで動きます。
フェイスブックの成功もマーク・ザッカーバーグが頑張って人を呼び続けているからではなく、「人が人を呼ぶ仕組み」がうまく作られているからに尽きます。
この持続的かつ自動的に発展していくような「経済システム」にはどんな要素があるかを調べていった結果、5つほど共通点があることに気がつきました。
①インセンティブ、②リアルタイム、③不確実性、④ヒエラルキー、⑤コミュニケーション、の5つです。
①報酬が明確である(インセンティブ)
経済システムなので当然ですが、参加する人に何かしらの報酬(インセンティブ)、明確なメリットがなければ始まりません。当たり前のように感じますが、この要素が抜けていて失敗することが実は最も多いです。
「素晴らしいと思うけど積極的に参加する気にはなれない」という組織やサービスは、このインセンティブの設計が欠けています。インセンティブにも、人間の生物的な欲望(衣食住や子孫を残すことへの欲望)や社会的な欲望(金銭欲・承認欲・競争欲)を満たすものがあり、複数の欲望が混ざっている場合もあります。
現代は生物的な欲望よりも社会的な欲望が目立ってきていて、中でも頭文字を取って3M(儲けたい・モテたい・認められたい)の3つが欲望としては特に強く、これらを満たすようなシステムは急速に発展しやすいです。
②時間によって変化する(リアルタイム)
次に、時間によって状況が常に変化するという要素も必要です。かならずしも本当にリアルタイムである必要はありませんが、常に状況が変化するということを、参加者が知っていることが重要です。
人間(生物)は変化が激しい環境では緊張感を保ちながら熱量が高い状態で活動することができます。反対に、明日も明後日も来年も変化が全くない環境で生活すると緊張も努力もする必要がありませんから、全体の活力は次第に失われていきます。
③運と実力の両方の要素がある(不確実性)
さらに、不確実な要素があったほうが経済システムとしては活気が出ます。
例えば、誰もが未来を正確に予測できて、生まれた瞬間から死ぬまでの結果がわかってしまうような世界があったら、必死に生きたいと思うでしょうか。映画も最初から結末がわかっていると興ざめしてしまいます。
人間は生存確率を高めるために不確実性を極限までなくしたいと努力しますが、一方で不確実性が全くない世界では想像力を働かせて積極的に何かに取り組む意欲が失われてしまいます。
自らの思考と努力でコントロールできる「実力」の要素と、全くコントロールできない「運」の要素が良いバランスで混ざっている環境のほうが持続的な発展が望めます。
④秩序の可視化(ヒエラルキー)
ヒエラルキーというとネガティブな印象が強い言葉ですが、持続的に発展する「経済システム」を作る上で、秩序が可視化されている必要があります。
実際に社会で広く普及した経済システムは例外なくヒエラルキーが可視化されていて、明確な指標の役割を担います。
世の中には、偏差値、年収、売上、価格、順位のような数字として把握できるものから、身分や肩書きのような分類に至るまで、階層や序列に溢れています。
「経済」は実物のない、参加者の想像の中だけにある「概念」に過ぎません。
なので、目に見える指標がないと参加者は自分の立ち位置がわからなくなってしまいます。また、指標が存在することで、自分と他人の距離感や関係性を掴みやすくなるメリットもあります。
一方でこのヒエラルキーも、それが固定化されると、②リアルタイム(時間によって変化)と、③不確実性(運と実力の要素)が失われ、全体の活気を失わせてしまう原因にもなる諸刃の剣です。
当然、優位なポジションを手に入れた者はその地位を守ろうとするので新陳代謝を強制的に促す仕組みを組み込んでおく必要があります。
⑤参加者が交流する場がある(コミュニケーション)
最後に重要なのが、「経済システム」そのものに参加者同士のコミュニケーションの機会が存在しているということです。
人間は社会的な生き物ですから、他人との関係性で自己の存在を定義します。参加者同士が交流しながら互いに助けあったり議論したりする場が存在することで、全体が1つの共同体であることを認識できるようになります。
そのコミュニケーションの場を通して、問題があったらアイディアを出しあって解決したり、1人ではできないことを共同で実現したりできるようになります。この要素が、システム全体をまとめる接着剤としての機能を発揮します。
例えば、古代ローマの「フォルム」や古代ギリシャの「アゴラ」など、都市の公共広場は政治的にも宗教的にも非常に重要な役割を担っていたことは有名です。
Webサービスやアプリなどを作る上でもユーザー同士が交流できる仕組みはすでにお馴染みの機能になりました。会社運営や学校教育においても、参加者がコミュニケーションを絶やさないように交流会や行事が運営に組み込まれていることが多いです。