生物の行動を、脳内の「報酬系」神経回路が動機付け!?
前回の続きです。
前述のように、うまく回っている経済システムには共通するいくつかの要素が存在しているのが自分でも事業や組織で試してみてわかりましたが、なぜこのような仕組みになっているのか? その理由は当初はよくわかっていませんでした。
とりあえず、うまく回っている経済にこの要素が共通して存在していて、この要素を色々なものに当てはめるとうまく回り出すとしか言いようがありませんでした。
構造を理解できて自分で再現もできたけれど、なぜこのような仕組みになっているかの理由はわからない、そんなモヤモヤを抱いていました。
ふと、全く別件で、人間の脳の仕組みを調べていた時に、その答えを偶然に見つけました。
答えは、私たち人間の脳内の快楽を司る「報酬系」と言われる神経回路にありました。
個人的には、お金や経済といった社会学的な分野が、人間の脳という生物学的な分野に繋がっていたことには衝撃を覚えました。
よくよく考えたら、生物である人間の脳の集合体が経済や社会を構成しているので当たり前と言えば当たり前ですが、2つを全く別分野と認識していた私は色々な分野が根底で繋がっていることに不思議な感覚を覚えていました。
「灯台下暗し」とはよく言ったもので、経済という大きなシステムを知るには、自分たちの脳みその仕組みを知るのが近道でした。
私たち人間や動物の脳は、欲望が満たされた時に「報酬系」または「報酬回路」と言われる神経系が活性化して、ドーパミンなどの快楽物質を分泌します。この報酬系は、食欲・睡眠欲・性欲などの生理的欲求が満たされた場合はもちろん、他人に褒められたり、愛されたりなどの社会的な欲求が満たされた時にも活性化して快楽物質を分泌します。
この報酬系のおかげで、私たちの行動における動機付けがされます。少々言い方が悪いですが、人間も動物もこの報酬系の奴隷のようなもので、ここで発生する快楽物質が欲しいために色々な行動に駆り立てられます。
そして、この報酬系の役割は何かを学習したり、環境に適応したりする際に非常に重要な役割を担っています。親に褒められたいから勉強を頑張る、異性にモテたいから努力する、もしくは恋人が欲しいからダイエットする。長期的な報酬が期待できる場合は、短期的な報酬を我慢して努力したり学習したりすることができ、報酬は人間のあらゆる行動のモチベーションを支えています。
この快楽物質という「ご褒美」なしに、人間は何かに繰り返し打ち込んだりすることはできません。
そして、報酬系が分泌する快楽物質には中毒性があります。一度、気持ち良いと脳が感じると何度も繰り返しやりたくなってしまう性質があります。
あるラットの実験で、ラットの報酬回路が存在する脳の中脳と言われる部分に直接電極を刺してボタンを押すと電気が流れドーパミン神経系を刺激する装置を作ると、自ら進んでボタンを押し続けたそうです。
一度、報酬回路を電気で刺激することによって人工的に快楽をもらえることがわかったラットは、1時間に数千回もボタンを押し続けて、死ぬまでこの動作を繰り返したらしいです。
このラットの実験はちょっと怖いですが、それほど報酬回路が分泌する快楽物質は生物にとっては「甘美」な刺激であり、生物の行動を強力に動機付けていることがよくわかります。
ここから、先ほどの経済システムを作る上で必要な5要素を脳の報酬系の視点から考えてみます。
①明確な報酬があること、そしてその報酬は生物的な欲求と社会的な欲求を満たすものであること、と前述しました。
一方で、脳の報酬系は欲求が満たされた時だけではなく、報酬が「期待できる状態」でも快楽物質を分泌することがわかっています。
例えば、実際に好きな異性と会って話をしなかったとしても、メッセージの通知があるだけで報酬系は刺激され快楽を感じているはずです。
ただの「情報」であったとしてもそれが報酬系の刺激とセットで記憶されると、また似た場面でも同じようにその情報を見た時に快楽を感じるようになります。
つまり、人間の脳は経験や学習によって快楽物質を分泌する対象を自由に変化させることができるということになります。
LINEの通知や、フェイスブックやインスタグラムの「いいね!」に多くの人間が快楽を感じて四六時中気になってしょうがないという状況も、100年前の人間からしたら考えられませんが、これも私たちの脳が環境の変化によって何に快楽を感じるかが変化してきた証とも言えます。承認欲求もITなどのテクノロジーと結びつくことで肥大化し、今や食欲などの生理的欲求とも並ぶ(人によってはそれ以上の)社会的な欲求の代名詞になりました。
今後、VRなどの新たなテクノロジーが発達してくると、その時には人間は今とは異なる状況に快楽を感じて、新しい欲望を生み出しているでしょう。
「不確実なものからの報酬」は大きな快楽をもたらす
さらに前述した②リアルタイムと③不確実性という2つの要素も、脳の報酬系の仕組みに関係しています。脳は、一言で言えば非常に「退屈しやすい」「飽きやすい」性格を持っています。
なので、長時間変化の乏しいような環境であったり、予測可能性の高いような場合は、脳内の報酬系が刺激されにくいのです。例えば、頑張っても頑張らなくても自分の給与は変わらず、毎日同じことを繰り返し、予測通りの数字が上がっているような職場だったら、あなたは楽しいと思うでしょうか?
おそらく大半の人が快楽や刺激とは程遠いはずです。脳は確実な報酬が予測されている状況下では、快楽を感じにくいのです。
反対に、脳は予測が難しいリスクのある不確実な環境で得た報酬により多くの快楽を感じやすいということが研究でわかっています。さらに、自分の選択や行動によって結果が変わってくる場合には刺激や快感はさらに高まります。
例えば、こんな職場はどうでしょう?
収入は自分の働きによって大きく変わり、頑張ったら頑張った分だけ増える。ただ、市場の競争環境は毎週変わり、世の中の動きや競合他社の動きを常にウォッチしていく必要があります。あなたは自分で営業戦略を決めて動くことができ、それが当たれば大きなリターンがあります。
もちろんこのような職場では、脳内でドーパミンが大量に分泌されて、そこであなたが自分で立てた戦略の通りに成功させれば、大きな「達成感」が得られるでしょう。次の月はもっと頑張りたいと思うはずです。
なぜ、脳はこのような変化の激しくリスクの高い状況でより多くの刺激と快楽を感じるようにできているのでしょうか? おそらくこれは、生物が自然の中で生き残る上で重要な機能だったと考えられます。
人間の祖先の猿を含む野生動物は天敵に襲われる身の危険を感じながら、食料を日々探し求めて生き延びる必要がありました。
まさに食うか食われるかの自然界。ちょっとした気候の変化や疫病でもすぐに死んでしまう可能性のある中で常に緊張感を持っていなければいけなかったはずです。当然そんなストレスのある状況下では知性の高い生物ほどまいってしまいます。
そこで快楽物質というご褒美を与えることで、リスクのある状況下でも積極的に動いていけるモチベーションの源泉を手に入れました。
人間が今でも変化の激しいリスクのある状況での報酬に大きな快楽を感じるのは、自然の中で生き延びてきた生物が環境に適応するために身につけた習性だと言えます。
優位に立ちたい気持ちが快楽を生み、集団を発展させる
さらに特徴として④ヒエラルキー(序列の可視化)をあげました。これは一番わかりやすいと思いますが、人間は他者との比較の中で自分が幸福か不幸か、優れているか劣っているかを判断する相対的な生き物です。
例えば、テストで100点を取ったとして、全員が100点の場合と、自分だけが100点の場合では感じ方が全く異なるはずです。プロ野球選手のイチローのように、黙々と自分の限界に挑戦し続けることに快楽を覚える人もいるとは思いますが、大半の人の脳は周囲と自分を比較する物差しがあったほうが、より刺激や快楽を感じやすいという性質を持っています。
背の高さや外見などわかりやすいものであればいいですが、集団が大きく比べる対象が複雑かつ目に見えないものであるほど、比較するための目盛りや順位や序列などのヒエラルキーが必要になります。
この共通の基準が可視化されることで、集団での自分の立ち位置がわかるようになります。当然、母集団の中で他人より優位にある場合は大きな精神的満足を得やすく、不利な立場にある場合は不幸を感じやすいことになります。
そしてこの、他人より比較優位にありたいという欲望が、人間が継続的な努力をする原動力となり、これを集団の全員が思うことで全体が発展していくことができます。