一定の期間を過ぎると時効で土地の権利を失うことに…
Q:今回自宅を建て直すことになり、敷地面積を測量したところ、隣の空き家が当方の敷地に5㎝はみ出して建っていることが判明しました。隣の空き家は建ってから15年以上経過していますが、隣の家の撤去を求めることはできませんか。
A:あなたの敷地内に隣の家の一部がはみ出している場合には、あなたの土地所有権の侵害になりますので、あなたは、妨害排除請求として、相手方の家の一部撤去を求めることができます。ただし、相手方の家が建ったのが10年若しくは20年以上前であれば、あなたの土地の一部を相手方に時効取得されているかもしれません。この場合には、相手方の時効の援用によって、あなたは占有されている部分の土地所有権を喪失することになるので、建物の撤去を求めることはできません。
なお時効が成立していない場合であっても、相手方の家の一部の撤去が極めて困難な状況であなたに実害が発生していないような場合には、あなたの請求が権利の濫用として認められない場合もあります。
無権利者であっても権利を取得できる「時効取得」
解説
1 土地の時効取得
本来他人の土地にはみ出して家を建てることは、土地所有権の侵害になりますので、できません。侵害された方から撤去の要求があれば、撤去しなければなりません。しかし、そのような状況が長期間継続すると、それを前提とした利害関係者が出てくる可能性もあります。そこで民法は、ある事実状態が一定の期間(10年又は20年)継続することを条件に、無権利者であっても権利を取得できる時効取得という権利の取得方法を定めました(民162)。したがって、本問でも、空き家に占拠されているあなたの土地の一部は、時効取得によって空き家の所有者に取得されてしまう可能性があります。
2 占有者の善意・悪意
民法は、占有者の意思によって、時効の完成する期間を変えています。すなわち建物の一部が境界を越境していることを建築主が建築当初に認識しておらず、かつ認識していなかったことに過失がなければ、10年で土地の所有権を取得することができます(これを善意無過失といいます。)。
逆に、空き家が敷地をはみ出して建っていることを建築当初から知っていた場合、又は越境していることを過失によって知らなかった場合には、20年が経過しなければ時効で土地を取得することはできません。
3 権利の濫用
本問の場合は、20年が経過しているわけではないので、空き家の所有者が善意無過失でなければ時効が完成していない可能性があります。時効が完成していなければ、あなたは相手方に撤去を求めることができるのが原則です。
しかし、建物の一部の撤去となると、かなり大がかりな工事が必要となってくる可能性があります。一方で越境が仮に5㎝程度であれば、あなたにとって被害がそう大きいとはいえないでしょう。両者の状況を比較した上で、あなたの被害が相手方の負担に比較して軽微であると判断されれば、権利の濫用(民1③)として、請求が認められないことがあるかも知れません。ただ隣の家が空き家で長期間放置されているということであれば、相手方は家を取り壊すことになったとしても実害はほとんどないのではないでしょうか。
参考判例
●敷地を6㎜ないし11.5㎝はみ出して設置されたH型鋼杭の撤去を求めた仮処分申請において撤去が技術的、経済的に困難なことや意図的な越境ではないこと、請求者に支障が生じていないことなどを理由として、撤去申請は権利の濫用であるとして申請を却下した事例(東京地決昭58・11・11判時1104・85)