賃貸家屋の場合、占有者は賃借人と考えられるが・・・
Q:近所に空き家があり、もともと賃借人が借りていたようですが、賃借人が5年以上前に失踪し、荒れ放題になっています。空き家が老朽化し今にも倒壊しかねない状況になったため、近隣の住人から空き家の所有者に対し、建物を補修するか解体して欲しいと何度も要請してきましたが、所有者は何の対策も講じることなく放置してきました。
先日、私がたまたま空き家の前の道を歩いていたところ、空き家の外壁の一部が落下してきて大きな怪我をしました。
私が空き家の所有者に損害賠償請求をしたところ、所有者は「第三者に賃貸している建物なので、自分には責任はない。」と言っています。私は、空き家の所有者に対し損害賠償請求をすることはできないのでしょうか。
A:賃貸家屋の場合、建物を占有しているのは賃借人と考えられるため、民法717条1項の土地工作物責任の規定によると、賃借人に対してしか損害賠償請求ができないようにも思えます。
しかし、本件のように空き家が長年にわたり荒れ放題になっており、近隣の住人より所有者に対し適切な措置をとるように求められていたにもかかわらず、所有者が長年放置していたような場合には、①空き家の占有者は賃借人ではなく所有者であるとの法律構成、あるいは②民法709条に基づき所有者に対し損害賠償請求をするという法律構成によって、所有者に対し請求できる可能性があるものと思われます。
空き家の所有者へ「損害賠償請求」ができる可能性も
解説
1 土地の工作物責任に関する民法の定め
建物は法律上「土地の工作物」に当たります。土地の工作物の設置又は保存に瑕疵(通常有すべき安全性を有しないこと)があることによって他人に損害を与えたときは、その工作物の占有者が第一次的に損害賠償の責任を負うとされており、占有者が損害発生を防止する措置を講じていたときには、所有者が第二次的に責任を負うことになっています(民717①)。
本問では、本件空き家は賃貸されているため、本件空き家の占有権原を有するのは賃借人と考えられます。したがって、賃借人は失踪してしまっているものの、賃貸借契約が解除されていない以上、賃借人がいまだに観念的な占有を有していると考えられます。
そして本問では、空き家は外壁が崩れたり落下したりするところまで放置されていたわけですから、建物の保存に瑕疵があると思われますし、損害を防止するために必要な措置も何ら講じられていませんので、空き家の倒壊により損害を受けた者は、民法717条1項本文により、賃借人に損害賠償請求ができることとなり、逆に所有者には損害賠償請求ができないことになります。
本問における空き家の所有者の主張は、このような主張と思われます。
2 所有者に対する損害賠償請求
しかし、本問のように賃借人が長期間行方不明となっている上、近隣住人より所有者に対し繰り返し解体等の措置の要求があったにもかかわらず、所有者が何ら有効な対策をとらなかったため、事故が発生した場合にも、所有者に対し、損害賠償請求をする方法は一切ないのでしょうか。
所有者に対し、損害賠償請求をする法律構成として、次の2つが考えられます。あなたは、いずれかの法律構成によって、空き家の所有者に損害賠償請求をすることができる可能性があります。
(1) 民法717条1項本文に基づき所有者に対し損害賠償請求をする法律構成
本件空き家は「空き家」なのであり、賃借人が現実に占有しているわけではありません。ただ賃貸借契約が解約されていない以上、賃借人には賃借人の地位に基づき占有権原があり、観念的な占有があると考えられるだけです。
しかし、一般的に賃借人の観念的な占有があるとしても、本件のように5年以上も賃借人が行方不明の場合にまで賃借人の占有が存続しているといえるかは疑問です。このような場合に、本件空き家に対して賃借人の何らかの支配が及んでいると考えることは非現実的ではないでしょうか。このような場合には、むしろ賃借人の観念的な占有も消滅していると見ることができるでしょう。とすると、この場合には、本件空き家を占有しているのは、賃借人ではなく、所有者ということになります。
このような法律構成によれば、あなたは、民法717条1項本文に基づき、空き家の所有者に対し損害賠償請求をすることができることになります。
(2) 民法709条に基づき所有者に対し損害賠償請求をする法律構成
もう1つの法律構成は、民法717条1項の工作物責任は賃借人にしか請求できないことを前提とした上、空き家の所有者に対しては民法709条に基づき損害賠償請求をするという法律構成です。
本問のように、賃借人が失踪し、空き家が老朽化したため、倒壊の危険が発生し、近隣の住人からその危険性を指摘され、繰り返し適切な措置を取るように求められていたような場合、所有者は近隣の住人との関係で住人の生命、身体、財産を侵害しないように配慮すべき条理上の義務があると思われます。
例えば、賃貸人は、近隣の住人の生命、身体、財産を侵害しないように、賃借人との賃貸借契約を解除し建物に適切な修理を施したり、本件空き家と道路との境界に擁壁を設けて、建物が倒壊しても近隣の住人に被害を与えないための何らかの措置を講じたりする義務があるといえます。にもかかわらず、空き家の所有者が上述したような適切な措置を何らとらず漫然と放置していたような場合には、所有者は、不作為により他人の権利を侵害したこととなり、民法709条により、不法行為に基づく損害賠償義務を負うことになると思われます。
なお、この場合、賃借人の工作物責任と所有者の損害賠償責任は、いわゆる不真正連帯債務の関係に立つと思われます。