今回は、空き家の悪臭等が原因で、自宅価値が下落した場合の損害賠償請求について見ていきます。※本連載は、『空き家・空き地をめぐる法律実務』(新日本法規出版)の中から一部を抜粋し、困った空き家・空き地の問題について、Q&A形式で解説します。

「受忍限度」を超えるかどうかの判断が重要に

Q:近所に空き家があり、長年ゴミ屋敷のような状態で放置されており、私たち近隣住人は、食事も喉を通らないほどの悪臭に悩まされてきました。また最近では、素行の悪い子供達の溜まり場になっており、何度かボヤ騒ぎもあり、失火の危険性を考えると気が気ではありません。

 

これまで近隣住人から空き家の所有者に対し何度も適切な措置をとるように要求してきましたが、何の措置もとられないまま、現在に至っています。

 

この度、私は、自宅土地、建物を売って転居することにしました。ところが、不動産業者の話では、近所にこのような空き家があると、私の自宅土地、建物の価額は相当下がると言われました。私は、自宅の価値の下落分について、空き家の所有者に対し損害賠償を請求できないでしょうか。

 

A:一般的には、損害賠償請求は困難と考えられます。

 

しかし、悪臭の程度が近隣の住人が健康を害しかねない程度に達し、受忍限度を超えると判断され、またボヤ騒ぎも頻繁で、一般人を基準にして火事に対して強い不安を感じる程度に達している場合には、損害賠償請求をすることが可能と思われます。

健康・安全に生活する権利を侵しているか否か

解説

 

1 所有者の権利と限界

 

自己の所有物をどのように利用するかは所有者の自由であり、自己所有の建物がゴミ屋敷になっており悪臭が発生していたとしても、素行不良の子供達の溜まり場になり、ボヤ騒ぎを起こしていても、それについて直ちに隣人が法的に何か請求することは困難です。

 

しかし、他の人と共存しながら社会生活を送っている以上、自己所有の建物であるからといって、他人の迷惑を顧みずに何をしてもよいというわけではありません。他人への迷惑が、社会生活上一般に受忍すべき限度を超えて、他人の権利を違法に侵害している場合には、損害賠償請求をすることも可能となります。

 

2 健康で生活する権利、安全に生活する権利

 

本問では、悪臭により健康な生活を営む権利が、火事の危険により安全に生活する権利が侵害されている可能性があります。

 

健康な生活を営む権利及び安全に生活する権利は憲法上明文がありませんが、憲法13条では、人が社会生活上有する人格的利益を目的とする権利(人格権)が保障されており、両権利も同条で保障されていると考えることができます。

 

したがって、問題は、空き家の所有者が悪臭及び火事の危険性を放置していることが、社会生活上一般に受忍すべき限度を超えて、隣人の健康な生活を営む権利と安全に生活する権利を侵害しているか否かということになります。

 

社会生活上一般に受忍すべき限度(受忍限度)を超えているか否かは、一目瞭然にわかるものではなく、その判断は困難です。本問では「食事も喉を通らないほどの悪臭」とありますが、悪臭が「体調を崩す」程度に至っていたり、頻繁にボヤ騒ぎがあり、一般の人が火事の発生について強い不安を覚える程度に達していたりする場合には、受忍限度を超えていると判断することが可能と思われます。

 

3 不動産価値の低下に関する損害賠償

 

受忍限度を超えるとして、慰謝料請求だけではなく、不動産の価値の下落という財産的損害についても損害賠償は可能なのでしょうか。

 

日照被害や騒音などの住環境の侵害に対する不法行為訴訟において、不動産価値の低下が財産的損害として主張されることは珍しくありませんが、これが認められたケースは決して多くはありません。ただ、高層マンション建築に伴うビル風の風害に関する不法行為訴訟において、不動産価額の下落に相当する損害賠償を認めた裁判例(大阪高判平15・10・28判時1856・108)があります。

 

この裁判例からすると、本問でも、あなたが空き家の所有者に対し、自宅土地、建物の価値の低下について損害賠償請求することが認められる余地はあると思われます。

 

参考判例

 

●20階建の高層マンションの建築により同マンションから約20mの距離にある木造瓦葺2階建の住宅に一般社会生活上受忍すべき限度を超えるビル風が発生することとなり、これによって同住宅の価値が相当下落した場合、マンションを建築、販売した業者は住宅の所有者に対し、下落分相当額の損害賠償をしなければならないとした事例(大阪高判平15・10・28判時1856・108)

本連載は、2016年2月15日刊行の書籍『空き家・空き地をめぐる法律実務』(新日本法規出版)から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

空き家・空き地をめぐる法律実務

空き家・空き地をめぐる法律実務

編集:旭合同法律事務所

新日本法規出版

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