失火の原因によっては難しいケースも
Q:近所の空き家が火事になり、延焼により私の家も焼けてしまいました。私は、空き家の所有者に対し損害賠償請求ができるのでしょうか。
失火の原因が、㋐所有者が屋内配線の老朽化を長年放置していたため漏電した場合と、㋑第三者が空き家に入り込み放火した場合で、違いがありますか。
A:㋐の漏電の場合は、空き家の所有者に対して損害賠償請求ができると思われます。
これに対して、㋑の放火の場合には、空き家の所有者に対して損害賠償請求をすることは難しいと思われます。ただ、空き家の所有者が、施錠もしないまま、建物内に燃えやすい物を放置していたような場合には、損害賠償請求ができる可能性があると思われます。
漏電火災の場合、損害賠償請求ができる可能性あり
解説
1 失火責任法と工作物責任の適用関係
失火ノ責任ニ関スル法律(失火責任法)は、「民法709条ノ規定ハ失火ノ場合ニハ之ヲ適用セス但シ失火者ニ重大ナル過失アリタルトキハ此ノ限ニ在ラス」と規定しており、失火において、重大な過失がある場合にしか責任がないと定めています。
一方で、民法717条1項は、土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害が生じたときは、その土地の占有者又は所有者は損害賠償責任があるとしています。
そこで、土地の工作物の瑕疵から火災が発生した場合、土地の所有者が工作物責任を負うか否かについては、大審院判決はあるものの、最高裁判決が出ておらず、下級審の裁判例も分かれています(以下の裁判例の分類は、判例タイムズ503号74頁によります。)。
① 失火責任法が優先し、民法717条の適用はないとするもの(大判明40・3・25民録13・328、大判大4・10・20民録21・1729)
② 民法717条に失火責任法をはめ込み、工作物の設置、保存に瑕疵があり、それが所有者又は占有者の重過失による場合にのみ責任があるとするもの(大判昭7・4・11民集11・609、大判昭8・5・16民集12・1178)
③ 民法717条が適用され、失火責任法は適用されないとするもの(東京高判昭31・2・28高民9・3・130)
④ 工作物から直接生じた火災については民法717条を適用し、そこから先に延焼した部分については失火責任法を適用するもの(東京地判昭40・12・22判時451・45、仙台地判昭45・6・3判タ254・271)
⑤ 工作物の瑕疵から直接に生じた火災については民法717条を適用し、そこから先に延焼した部分については民法717条に失火責任法をはめ込み、工作物の設置保存の瑕疵が所有者又は占有者の重過失によるときにのみ責任があるとするもの(東京地判昭38・6・18判時343・56、東京地判昭43・2・21判時530・51)
⑥ 工作物の設置、保存の瑕疵によって火災が発生、拡大した場合においても、工作物がそれ自体火気を発生する等火災予防上特に著しい危険性を持つときを除いて失火責任法の適用はあると解するもの(東京高判昭58・5・31判時1085・57)
2 ㋐の漏電の場合
建物の屋内配線の老朽化を放置することにより漏電火災が発生した場合には、土地工作物の保存について重過失があるものと考えられますので(神戸地伊丹支判昭45・1・12判タ242・191)、上記1の②、③によれば、当然所有者には責任が認められます。
その他の説(上記1の①、④∼⑥)によったとしても、空き家の所有者が、屋内配線の老朽化を長期間にわたり放置していたような場合には、所有者には失火の発生について重過失が認められる可能性がありますので、空き家の所有者は責任を負うこととなります。
3 ㋑の放火の場合
これに対して、放火の場合は、放火犯人は当然損害賠償責任を負うものの、空き家の所有者には責任は認められないものと考えられます。
しかし、空き家の所有者が、長期間にわたり空き家に施錠もせず、第三者が建物内に容易に出入りできる状態にした上、建物内に燃えやすい物を放置していたような場合には、本件空き家には保存に瑕疵があり、所有者には重大な過失が認められると思われます。また失火自体について、所有者に重過失が認められる余地があります(大阪地判平22・7・9判時2091・64)。よって、この場合には、上記1の①∼⑥のどの説に立っても、空き家の所有者は損害賠償責任を負う可能性があります。
参考判例
●建物の屋内配線の老朽化を放置したことにより漏電火災が発生した場合には、営造物管理上の重過失に当たるとの前提に立ちつつ、本件ではそのような屋内配線の漏電事故であるとは認めがたいとした事例(神戸地伊丹支判昭45・1・12判タ242・191)
●地方公共団体が管理する道路供用予定地の上に放置された可燃性廃棄物第3章空き家・空き地への法的対応101に放火され隣接建物に延焼したため、被害者が地方公共団体に対し、①国家賠償法2条1項・3条1項に基づく損害賠償、②民法717条に基づく損害賠償、③国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めた事案で、可燃性廃棄物自体は土地に固定されたものではないから土地と一体のものとは認められないとして、①②の損害賠償責任は否定したものの、③の責任については、無関係の者を本件土地に立ち入らせないように遮蔽措置を講じたり、不法廃棄物が放置されているのであればこれを撤去すべき義務があったとし、当該地方公共団体は上記義務を怠ったとし、損害賠償責任を認めた事例(大阪地判平22・7・9判時2091・64)