現場では、設計担当者の認識の甘さを指摘する声も
前回で述べたメニューによって、確かに病院も設計に参加できるようになります。その病院ならではの医療に即した建物ができあがる可能性は高まりますが、理想の病院建築を目指すとき、それだけでは不十分であることは否めません。
一つには、設計する建物のなかで日々継続される業務を設計者自身が知らなければ、経営者・スタッフ・患者さん、皆が満足する建物、それぞれの立場で使いやすい建物はできあがらないのです。「箱」をつくる人がそのなかに入るものを知らずに理想の「箱」をつくることはできません。
実際、病院設計の現場では、設計担当者の医療知識の不足や医療業務に対する認識の甘さを指摘する経営者の声を聞くことがあります。また、「打ち合わせ中に医療機器の名前が頻出しても、その場で理解できずに会社に戻ってから学習している」といった設計担当者もいます。それでは、設計過程で欠かせない病院とのコミュニケーションにも支障をきたします。
もう一つは、病院が患者さんのニーズに応えたいと考えても、日常の業務を通して患者さんと接することがなければ、設計者がニーズを実感できないという問題です。患者さんにとって切実な問題について、設計者がほかの課題と並列的にとらえていては、とうてい患者さんが満足できる病院はできません。
こうした問題を解決してこそ初めて、設計会社は理想の病院を模索するスタートラインに立てるといっても過言ではありません。
「病院留学」で病院業務を体験し、理解を深める
病院設計タスクチームは、設計者自身が病院業務に精通していること、病院経営者も医療スタッフも気づかない患者さんのニーズを把握していることをプロフェッショナルの条件ととらえています。この二つを満たしてこそ初めて、設計者が病院に設計を「提案」できるのです。
たとえば、設計の与条件として、病院側が各部門の面積配分を提示してきたとしましょう。その与条件をかなえるべく、そのまま図面にしていたのではとうていプロフェッショナルとはいえません。
プロフェッショナルなら、その病院の業務をよく知って、また、患者さんのニーズをとらえたうえで、「貴院での各科の患者さんの動向を見ると、○○部門は面積を大きくとったほうがよい」「将来的な医療展開を考えると、○○部門の面積を広くしたほうがよい」と提案すべきです。
建物の設計という面で、その病院をもっとも深く理解しているのが設計者であるべきと考えるからにほかなりません。
こうした考え方を出発点として、久米設計の病院設計タスクチームが独自に実践しているのが、設計者が病院に〝留学〟し、実際の業務体験を通して病院の業務についての理解を深めることを目的とする「病院留学」プログラムです。
それは次の3系統に分かれ、年に2回程度の実施を目安としています。
a.検証留学プログラム
b.事前留学プログラム
c.短期留学プログラム
検証留学プログラム(a)は、すでに設計・施工を終えて開業した病院に留学し、自社の設計と実際の運用の間にある差異や改善点を検証するのが目的です。建物が新しくなると運用の仕方が変わる部門も多く、また、病院の業務は本来的に複雑で多岐にわたりますから、細部まで検証するために数週間単位の期間を費やします。
事前留学プログラム(b)は、これから設計を手掛ける病院に留学し、その病院の業務を実体験することで、より実用的な提案の準備をすることが目的です。期間は、特定の部門のリサーチか、病院全体のリサーチかなど、目的によって異なります。
短期留学プログラム(c)は、病院設計のキャリアが浅い若手設計者を対象とし、病院業務の実際を学ばせることが目的です。期間は、1週間程度を目安としています。
[写真]《公立阿伎留医療センター》への短期留学の様子
では、このような「病院留学」プログラムによって、病院設計タスクチームはどんな成果をあげているのか。検証留学プログラム(a)を例にご説明します。
この話は次回に続きます。