今回は、あまり地震が来ないと考えられる地域の建物の設計震度を割引く「地域係数」の問題点を見ていきます。※本連載は、建築耐震工学、地震工学、地域防災を専門とし、全国の小・中・高等学校などで「減災講演」を続けている名古屋大学教授・福和伸夫氏の著書、『次の震災について本当のことを話してみよう。』(時事通信出版局)の中から一部を抜粋し、震災によって起こり得る最悪の事態を防ぐための知識を紹介していきます。

低く見積もられている、内陸の活断層による地震の影響

熊本地震では建築の「地震地域係数」という考えが一部で問題になりました。これは建物の構造設計時に想定する地震の揺れについて、一般的な地域を「1.0」とした場合、あまり地震が来ないと考えられる地域は「0.9」や「0.8」をかけて、地震の揺れを低く想定してもよいことになっています。

 

建築基準法の制定以来、当時の建設省が段階的に定めていきました。現行では北海道や東北の太平洋側から関東、東海、近畿の大部分は「1.0」ですが、北海道・東北の日本海側や中国、四国、九州のほとんどは「0.9」か「0.8」。さらに沖縄は「0.7」になっています。1979年以前は九州は一律「0.8」でした。沖縄は返還に関わる特殊な事情もあって小さな値になっています。

 

熊本は県内全域が「0.9」か「0.8」だったにもかかわらず、熊本地震の直撃を受けました。市庁舎が全壊した宇土市は「0.8」でした。

 

福岡県西方沖地震が起きた福岡も「0.8」です。南海トラフ地震の被災地・高知の地域係数が「0.9」なのも気になります。

 

地域係数は、繰り返し起こる海溝型の大地震を念頭に置いて設定されていますので、めったに起きない内陸の活断層による地震の影響は低く見積もられています。

(*熊本地震では、六つの自治体で庁舎機能を維持できず、庁舎外で業務を続けることになりました。庁舎を失うと、自治体の災害後対応は困難を極めます。小中学校の耐震化を優先し、庁舎の耐震化が遅れている自治体も多くあります。

*地震地域係数は建築基準法施行令で規定されています。例えば、福岡県は0.8ですが、玄界灘から博多湾を経て、福岡平野にかけての警固(けご)断層周辺では、規模の大きな建物の係数を割り増す条例が制定されています。)

熊本地震では、地域係数を小さくしたツケがあらわに…

大地震の後でも頑張らないといけない庁舎建築では、活断層の多い地域ではむしろ地域係数を大きくするべきですが、「0.9」や「0.8」の地域では庁舎建築も耐震性の低い「お得」な建物の設計を許してきました。熊本地震ではそんなツケがあらわになったと言えるのですが、いまだに根本的な見直しはされていません。

 

しかし、地域係数は氷山の一角のようなもの。こんな合法的な抜け道は探せばいくらでもあります。

 

建築基準法は建物の高さが「31メートル」や「45メートル」、「60メートル」を境に耐震基準が厳しくなります。だから、コストを重視する人はその寸前の「30.5メートル」や「44.5メートル」、「59.5メートル」ぐらいの建物にしたがります。

 

「30.5メートル」は普通のマンションならちょうど10階建ての高さ。つまり10階建てのビルを、最新の技術を使ってギリギリにつくると、想定を超えた地震が来るとちゃんと壊れてしまうことになるのです。

(*益城町役場や西原村役場の計測震度計で観測された本震の揺れを再現してみると、いきなりの大きな揺れに驚かされます。特に西原村の揺れは2メートルもの大きな変位で、万一、高層ビルや免震ビルなどの長周期構造物があったら、大きなダメージを受けていた可能性があります。

本連載は、2017年11月30日刊行の書籍『次の震災について本当のことを話してみよう。』(時事通信出版局)から抜粋したものです。最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください

次の震災について本当のことを話してみよう。

次の震災について本当のことを話してみよう。

福和 伸夫

時事通信出版局

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