今回は、日本に「震度7の揺れに耐えうる構造物」が存在しない理由を見ていきます。※本連載は、建築耐震工学、地震工学、地域防災を専門とし、全国の小・中・高等学校などで「減災講演」を続けている名古屋大学教授・福和伸夫氏の著書、『次の震災について本当のことを話してみよう。』(時事通信出版局)の中から一部を抜粋し、震災によって起こり得る最悪の事態を防ぐための知識を紹介していきます。

設計で考えられているのは「地面の揺れ」ではない!?

木造の戸建て住宅は全国に約2600万棟もあり、住宅数に対して構造設計を行う建築士や、建築確認の審査をする建築主事の人数が圧倒的に足りません。また、そもそも木造住宅の計算は難しく、構造計算の信頼性が高くないことなどから、大きなビルのような構造計算が免除されてきました。その代わり、家屋の床面積の大きさに応じて、耐震性を見込める「耐力壁(すじかいや構造用合板の入った壁)」を一定量確保するよう規定されています。

 

この壁量(建物の壁の長さの総計で計算)は、被害地震を経験しながら、段階的に増やされ、2000年にはさらに耐力壁をバランスよく配置し、柱と梁などを結合する金物についての仕様も定められるようになりました。構造計算をせずに簡略的に安全性をチェックするため、余裕を持った壁量が規定されています。

 

これに対して、一般のビルでは、柱や壁を考えた構造計算により、震度7の下限程度の建物の揺れに対して、安全性を確認しています。設計で考えるのは、建物の揺れであって、地面の揺れではありません。ですから、揺れにくい硬い建物では、地面の揺れも震度7の下限を考えていることになりますが、揺れが3~4倍に増幅するビルでは、地面の揺れは震度6弱程度しか考えていないことになります。

(*過去、気象庁が発表する震度の情報で、震度7が記録されたのは、1995年兵庫県南部地震(神戸市ほか)、2004年新潟県中越地震(川口町[現長岡市])、11年東北地方太平洋沖地震(栗原市)、17年の熊本地震(益城町、西原村)だけです。)

 

ちなみに、震度7というのは阪神・淡路大震災で初めて適用されましたが、震度8というのはありませんから、上に限りのない、いわば青天井の揺れです。ですから、震度7の揺れでも大丈夫な構造物は、日本に一つもないと言えます。神戸では、きちんと計算してつくった高速道路の橋脚が、想定を超える強い揺れを受けて計算通り壊れました。

 

[写真]阪神・淡路大震災で倒壊した高速道路の橋脚

耐震基準は、最低条件さえ満たせば法的に問題なし

建築基準法の耐震基準は、最低限満たすべき基準です。逆に言うと、ギリギリでも最低条件を満たしていれば、法的には問題ありません。優秀な設計者や優秀な建築会社であれば、依頼主の意向に従い、安全性をギリギリにして予算を削ることもできます。

 

「バリューエンジニアリング」(価値工学)という考え方がもてはやされる風潮にありますが、万一、バリューの中に安全という価値観が入っていないと、むしろコストダウンのために安全の余裕が削られることもあり得ます。そんな建物が多く壊れることは、神戸や熊本で学んだはずです。

(*発注者の考える価値(バリュー)の中で安全性がどれだけ重視されているかが重要です。価値を考えるとき、短期的な価値と長期的な価値があることを考慮する必要があります。長期的な価値では安全性は重要です。)

 

公共建築では、余分なお金をかけると会計検査院に叱られるので、安全性までギリギリにしてしまいかねません。重要な建物として構造計算時に一般の建物より強い揺れを想定しているとはいえ、余裕がない設計をしていれば、熊本のような強い揺れでは、地震後に使用できなくなることもあります。

(*よく住宅展示場の営業マンが、「我が社は技術力があるので、神戸の地震でうちの住宅は一軒も壊れなかった」と自慢げに言いますが、震度7では損傷するように設計していたはずです。被害が無かったのは、技術が高かったからか、低かったからかのどちらなのでしょう。

*熊本地震の被災地を車で走り、被災地の家並みを撮影します。それを地震前のストリートビューの映像と比べてみると、どんな建物が壊れやすいかがよく分かります。1階が店舗や駐車場になっているビル、壁が足りない住宅はたくさん壊れています。)

本連載は、2017年11月30日刊行の書籍『次の震災について本当のことを話してみよう。』(時事通信出版局)から抜粋したものです。最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください

次の震災について本当のことを話してみよう。

次の震災について本当のことを話してみよう。

福和 伸夫

時事通信出版局

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