今回は、技術の発展が招いた「建築物の安全対策」への油断と驕りについて見ていきます。※本連載は、建築耐震工学、地震工学、地域防災を専門とし、全国の小・中・高等学校などで「減災講演」を続けている名古屋大学教授・福和伸夫氏の著書、『次の震災について本当のことを話してみよう。』(時事通信出版局)の中から一部を抜粋し、震災によって起こり得る最悪の事態を防ぐための知識を紹介していきます。

建築基準法は建物に対する「最低限」の規定

建築基準法は、あくまで建物に対する最低限の規定です。前回に書いた地震地域係数のような多少の差はありますが、日本中どんな場所に建っていても、設計で考える建物の揺れは基本的に変わりません。堅い地盤の上でも軟らかい地盤の上でも、同じ建物の揺れを想定して建物が建てられています。

(*プリンの上に建ったこんにゃくゼリーの建物は、羊かんの上の落雁の建物に比べ、揺れは遙かに大きいと言えます。しかし、一般建物の耐震基準は、建物の揺れは同じだという前提で決めています。つまり、揺れやすい建物、揺れやすい地盤は耐震的に損をしていることになります。)

 

昔の役所の建物は良い地盤に建った壁の多い建物が普通でした。この時期は技術もなかったので、構造計算をするときに壁は計算外にして、柱だけで安全性を確認していました。ですから、壁がある分だけ余裕がたっぷりでした。

 

一方で、今は技術が発達したので、壁の耐力をしっかり見込んで計算をしています。昔の建物は壁が多く、中低層でいかにも硬そうな建物でした。昔と今、本当の実力はどちらが上でしょうか。

 

私が住んでいる愛知県では、帝冠様式の築80年余の愛知県本庁舎・名古屋市本庁舎愛知県本庁舎と名古屋市本庁舎が並んで建っています(帝冠様式というのは昭和初期の公共機関の庁舎に用いられ、ビル頂部に城のような瓦屋根を配置しています)。威風堂々とした壁っぽい二つの建物は、この地域を襲った1944年の東南海地震の揺れを見事にくぐり抜けました。

 

[写真]愛知県本庁舎・名古屋市本庁舎

技術の発展が「コストカット」に使われれば…

科学が発達すると、自然を克服したと誤解して自然の怖さを忘れがちになり、安全性がおろそかになることもあります。技術の発達が、安全性よりもコストカットに使われれば、バリューエンジニアリングは、大きな矛盾と危険をはらんだ思想にもなります。

 

「家を建てたものは、建築が適切に行われなかったことにより家が壊れ、その住人を死なせることがあった場合は死罪に処す」(中田一郎訳『ハンムラビ「法典」(古代オリエント資料集成)』リトン)と定めたのは、古代バビロニアのハンムラビ法典です。

 

古代ローマの建築家ウィトルウィウスは、建築の3要素は「強・用・美」と言いました。でも、今では三つのバランスが崩れているようです。ここでも現代人は、先人の教えを忘れてしまっているのではないでしょうか。

本連載は、2017年11月30日刊行の書籍『次の震災について本当のことを話してみよう。』(時事通信出版局)から抜粋したものです。最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください

次の震災について本当のことを話してみよう。

次の震災について本当のことを話してみよう。

福和 伸夫

時事通信出版局

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