登場人物
●主人公・・・・・・・鈴木豊成社長、六七歳、スーパーと自動車販売店の社長。
●妻・・・・・・・・・・・鈴木幸子、六二歳。
●長男・・・・・・・・・鈴木徳雄、三七歳、大手商社のサラリーマン、妻と子二人。
●二男・・・・・・・・・鈴木継男、三五歳、後継ぎ予定者、妻と子三人。
●長女・・・・・・・・・山田順子、安月給のサラリーマンの妻、子二人。
●祖父・・・・・・・・・鈴木高願、元公務員、一年前九二歳で死亡。
●祖母・・・・・・・・・鈴木末子、九一歳、専業主婦、未亡人、健在。
●税理士・・・・・・・内山実、六七歳。
●ファイナンシャルプランナー・・・神川万年、六三歳。
●弁護士・・・・・・秋山真治、六五歳。
●不動産屋・・・・あいされ不動産 野田社長、六六歳。
●公証人・・・・・・愛知憲雄
●主人公の友達・・・・山本
「ちょっとお茶席を拝見させて下さい」
前回の続きです。
少々憤慨気味の美知が「私のところもひどい目にあわされたわ」と話をしようとすると、秀次が「おいおい、お前の在所のことだ、恥ずかしいのでやめておけ」と止めに入ったが、「恥ずかしいことではない。皆さんにも聞いてもらいたい」と言って話し出した。
「私の母親がお茶の趣味を四〇年近くやっているのは皆さんご存知ですよね」
奥の方の席から誰かが「師範級だと聞いていますよ」と言った。その掛け声に気を良くした美知が一気に話し始めた。
「父親が亡くなったとき、やはり税務署の調査が来ました。そこで何と言ったか知っていますか。一応、国税のお役人の方ですから、応接間を兼ねたお茶室に通したのです。そしたら、その調査官は『亡くなられたお父様のご趣味でしたか』と尋ねたので『いや、そこにいる母親の趣味なんです』と答えたら『お母様は何か収入があるのですか』と聞いてきました。
母は専業主婦ですので、まったく収入がないと言ったら『では、ちょっとお茶席を拝見させて下さい』と言って、お茶碗、掛け軸、花瓶、お茶席で使うお道具を見て、それから、お着物や帯のことまで聞いてくるのです」
ここまで話すと一息入れ、また語り出した。
「私は母親がどれほどお茶の趣味にお金を使っていたかはよく知りませんが、お茶碗が五〇個、おまんじゅうを乗せるお皿も三〇枚ほど、掛け軸はなんだかんだで七〇本ほどありました。着物と帯はあまりあり過ぎてよく分からないほどです。母親の言うには、いま現金で買い揃えば数千万円はかかると言っていました。税務署の調査官はこれらはすべてお父さんの財産ですので、申告してもらわないといけないと言うんです。
家庭用財産の申告は一〇〇万円しか上がっていないというのです。しかも、掛け軸やお茶碗のような書画骨董は一銭も計上されていないと言われました。趣味の財産は家庭用消耗品、書画骨董、掛け軸は家庭用財産なのか趣味の消耗品なのか、お宝なのか、どのように決めればいいのでしょうかね。本当に困ってしまいました」
古物商の見積もりを伝えると、以後は話に上らず・・・
母親も年を取り、お茶会も気楽な友達だけのお付き合いになり、今では正式なお茶会はもう開けないと少々もてあましている。子供もお茶に興味がある者はいない。母親が死んでしまったら、まるきりゴミの山でしかない。
そこで、母が病院に行っている間に知り合いの古物商に全部処分したらいくらになるかと見積もらせてみたところ、「全部まとめて一〇〇万円」と言われた。
税務署の調査官はお茶屋さんから母親が長年に買った明細を取り寄せ、お茶碗だけでも二千万円の価値はあると言っていたが、古物商の話をしたら、その後、このお茶碗のことは何も言ってこなくなった。言ってみて税金が取れれば「取り得」みたいなやり方に気分が悪くなる。
お茶碗みたいなものは、趣味である方には何百万円の価値があるかもしれないが、趣味のない者にとってはまったく価値がない。税務署の言うのが正しいのか、古物商の言うのが正しいのかはよく知らないが、税務署員の「心の内が透けて見える」ような思いをした。
「母親が亡くなったら、全部捨ててしまうつもりですので、欲しい方は今のうちに取りに来て下さい。いつでも好きなだけお持ちになって結構です」
趣味は海外旅行のような形の残らない、思い出になる無形の財産にしておかないと。お茶碗のような形のある有形の財産は子供たちにとって何の価値もないものでも、税金の対象になる。死ぬ前には子供たちが困らないよう、すべて片付けるようにしないといけないと思っている。
「趣味は棺桶に入れられる、燃えるものしか持たないのが一番ね。皆さんも遊びも趣味も気を付けて選ばないと、どこでイチャモンを付けられて税金を取られるか分からないから、気を付けた方がいいですよ」
美知が捨て台詞のように言って話は終わった。