登場人物
●主人公・・・・・・・鈴木豊成社長、六七歳、スーパーと自動車販売店の社長。
●妻・・・・・・・・・・・鈴木幸子、六二歳。
●長男・・・・・・・・・鈴木徳雄、三七歳、大手商社のサラリーマン、妻と子二人。
●二男・・・・・・・・・鈴木継男、三五歳、後継ぎ予定者、妻と子三人。
●長女・・・・・・・・・山田順子、安月給のサラリーマンの妻、子二人。
●祖父・・・・・・・・・鈴木高願、元公務員、一年前九二歳で死亡。
●祖母・・・・・・・・・鈴木末子、九一歳、専業主婦、未亡人、健在。
●税理士・・・・・・・内山実、六七歳。
●ファイナンシャルプランナー・・・神川万年、六三歳。
●弁護士・・・・・・秋山真治、六五歳。
●不動産屋・・・・あいされ不動産 野田社長、六六歳。
●公証人・・・・・・愛知憲雄
●主人公の友達・・・・山本
亡くなる三年前の「確定申告書」を引っ張り出す調査官
前回の続きです。
働いて働いて働いて、給料ももらわず、家のために働いてきた。商売人の奥様のようにお店から給料をもらって貯めた人は自分の財産で、私のように贈与という形でコツコツとヘソクリで貯めた人からは税金を取る。知らない者からは銭を取る嫌な社会だ。
続けて、調査官は亡くなる三年前の確定申告書を取り出して尋ねた。
「新田地区の畑が道路に引っかかって、市から二千万円ほどいただいていますね。あのときのお金はどのようになりましたか」
「あの土地はそこの写真(仏間に掲げられている)の先代の信さんからの預かりもので、兄弟姉妹四人で使ってきた土地でした。名義は主人のものになっていましたが、みんなのものだから市からもらったお金も兄弟四人で平等に分けました。主人がもらった分は定期預金で申告しているがね」
調査官は申告書を見ながら、
「確かにその頃の日付の定期が五〇〇万円載っていますね。しかし、市との売買契約も固定資産税の支払いも、農業所得の申告も、すべてご主人がしてきていますね。一族のご事情は色々あるでしょうが、実質ご主人の財産です。兄弟に渡した分も申告漏れですな」
かよはこの一言を聞いて、
「そんな! 兄弟みんなの土地です。穫れた米もきちんと分けていますし、夏の草取りも兄弟そろってやっています」
かよは長年守り続けてきた人生観と価値観を頭ごなしに否定され、はらわたが煮えくり返るような気持ちにさせられた。
「悔しい! 今度、市役所から土地を出せと言われても、絶対に応じてやらない」
曲がったことを嫌い、真面目に生きてきた母親なのに…
昭和一桁生まれで、曲がったことは大嫌いだった。真面目に生きてきた母親は「申し訳ない、申し訳ない」と息子に謝るのであるが、日本人の妻としての鑑のような人生を送ってきた彼女は本当に謝らなければならない悪人なのか。日本の税制は日本の美徳と言われた行為を悪いことだとする文化に替えてしまったのか、と息子の徹は嘆くのであった。
「おっかさん、あなたは悪いことなどしていない。金で片付くことだ、心配するな、と慰めたのですが、母親はその後、体調を崩して一カ月近くも寝付くことになりました。
今でも毎日仏壇の前に座り、『息子たちに迷惑をかけた。申し訳ない、申し訳ない』『あの役人は地獄に落ちよ』と毎日拝んでいます。
その後、すべて丸裸にされた母親は通帳も現金も嫁に渡して、気力のない生活を送っています。この法事にも本当は連れてきたかったのですが、みんなに合わせる顔がないと言って休んでしまいました。申し訳ないことです」
話を聞いていた、高願の長男秀次の嫁美知が突然話し出した。
「おじさん、それは大変でしたね。ひどい目にあわされましたね。おばさまももうお歳ですから、おばさまが亡くなったときに相続税を取りにくればいいのにね。いくら仕事か知らないが、年寄りの内緒ごとをさらけ出して、引っ剥がすのは良くないよね。今度知り合いの代議士に会ったら、どうにかしなさいと言ってやるわ」
どうせ今時の代議士などは役に立たないことを参加者は知っている。もはや成熟した制度社会になった日本には、ネットもできない高齢な市民の愚痴を拾い上げるところはない。