戦後の日本経済の発展を支えた「企業間の手形取引」
電子記録債権は制度的に設計の自由度が高く、さまざまな使い方が可能です。
そこで本連載では、電子記録債権を利用した各種の金融サービスについて、法案の検討段階から想定されていた一般的な活用法のほか、中小企業向けの新しい金融サービスである「サプライチェーン・ファイナンス」と「POファイナンス®」、さらにこれから登場するであろう活用法の3つに分けて説明したいと思います。
まず、法案の検討段階から想定されていた活用法のなかでも代表的なのが、手形の電子記録債権化です。現在の電子債権記録機関のなかでは、全銀協系のでんさいネットが力を入れています。
手形は戦後、日本の企業間金融で幅広く利用されてきました。家計から企業へ資金を供給した銀行による間接金融と並び、企業間での手形取引があったからこそ、戦後の日本経済がスムーズに発展できたといってもいいくらいです。
製造業は特に、部品や材料を仕入れてから製品が完成するまで何カ月もかかります。製品を販売して売り上げが入ってくるにはさらに時間がかかるので、その間の資金繰りが重要になります。しかし、戦後しばらくは銀行に資金(預金)があまりなく、借入金の金利はかなり高い水準でした。そこで、約束手形が多用されるようになったのです。
手形は銀行を介さない企業間の金融であり、金利コストがかかりません。また、下請企業は発注元から受け取った手形を孫請企業への支払いに利用できます。こうして、さまざまな業界で手形決済が一般化していったのです。
手形の振り出しには、手間と一定のコストが必要
手形にはさまざまなメリットがあります。手形を振り出す側からすると、仕入れ代金などの支払いを先延ばしにでき、また銀行借入のような金利負担が発生しません。
受け取る側にとっても、手形に裏書すれば自社の支払いに利用できます(回し手形)。また、手形に裏書人がいれば、振出人が倒産してもその裏書人に請求することで現金化できる可能性があります。
一方、手形にはデメリットもあります。振り出す側にとっては、手間と一定のコストがかかります。手形を振り出す際には、一枚一枚専用の手形帳に金額を印字し、その金額に合わせて印紙を貼らなくてはなりません。額面10億円の手形なら印紙代は20万円です。そのほかにも手形帳や印紙を管理する担当者、保管用の金庫も必要です。手形は「手作業の塊」なのです。
受け取る側にとっても、受け取った手形は金庫で厳重に管理しなくてはなりません。万が一、受け取った手形を紛失し、裁判所で公示手続きを取る前に善意の第三者の手に渡った場合には、手形上の権利は第三者に移ってしまいます。
また、どの手形がいつ支払期日を迎えるか、台帳に記入して管理する必要があります。なぜなら、手形は期日を迎えたら、自動的に現金が振り込まれるわけではなく、受取人は手形を取引銀行に持ち込み、その銀行が手形交換所に持ち込み、その手形を交付した銀行が受領することで、ようやく決済されます。
交換所の場所によりますが、手形を銀行窓口に持ち込んでから、現金が自社の口座に振り込まれるまでに最低2日はかかります。月末期日の手形をもらっても、月末には現金化できません。このわずかな時間差は、月末に支払いが集中する企業にとって大きなデメリットとなります。
電子債権化で手数料の低下や即日決済などが可能に
こうした手形のデメリットの大半を解消するのが、電子記録債権なのです。手形を発行する代わりに、当事者間で電子記録債権を発生させるのです。
手形を振り出す側にとって、電子記録債権なら印紙を貼らなくていいうえ、手形帳や印紙の担当者もいりません。金庫で管理する必要も、紛失リスクもありません。当然、手形の印刷機も不要です。
また、一般に電子記録債権は支払金額にかかわらず、発生にあたっては数百円の手数料しかかかりません。1億円でも、10億円でも、振り出しのコストは一定です。
受け取る側からすると、手形のように銀行に持ち込む必要がなく、期日には即日決済されて自社の銀行口座に現金が振り込まれるので、時間のロスがありません。
また、〝電子記録〞なので、その額面の金額を細かく分割することも可能です。例えば、1億円の手形を5000万円の支払いに回すことはできませんが、1億円の電子記録債権ならば5000万円の債権2つに分割して、そのうちの1つを別の支払に充てることも可能です。