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強烈な個性を持つゴッホとゴーギャン・・・その友情と対立

前回は、パナマや、カリブの島などの異国で創作活動を続けたゴーギャンの生活について取り上げました。今回は、強烈な個性を持つゴッホとゴーギャンの間にあった、友情と対立を見ていきます。

ゴッホの弟・テオの紹介で出会った二人

当時、フランスでは浮世絵や屏風、団扇、着物など日本の文化が大流行しており、ジャポニスムと呼ばれていました。1868年の明治維新以降、国際社会に登場した日本の文化がヨーロッパに紹介されて、一大センセーションを巻き起こしていたのです。

 

ゴーギャンばかりでなく、ゴッホやルノワール、モネ、マネなども日本の文化を絵の中に登場させています。特にゴッホの傾倒ぶりはすごく、浮世絵を油絵で模写したものを何枚も残しただけでなく、漢字まで真似して描いています。

 

同じような異国趣味と、容易に他人に馴染まない強烈な自我を抱えた二人の画家、ゴッホとゴーギャンは、1887年にゴッホの弟テオの紹介で知り合った後に意気投合してお互いの絵を交換し、文通をする仲になっていました。

 

当時、ゴッホは浮世絵に憧れるあまり、陽光を求めて南フランスのアルルに住んでいました。どんよりとした曇りの日が続くパリは、ゴッホの描きたい風景を見せてくれなかったからです。北フランスのポン=タヴァンもまた同様で、ゴッホには行く気になれない場所でした。

 

けれども、ポン=タヴァンの画家コミュニティはゴッホにとっては羨ましいものの一つでした。ゴッホは、アルルにも画家コミュニティをつくりたいと願い、さまざまな画家に「アルルに来てくれ」と手紙を書きます。ゴーギャンもゴッホから誘われた一人でした。当初、ゴーギャンはアルル行きに乗り気ではなかったのですが、画商であるテオがアルルでの滞在を条件に支援を約束してくれたため、ゴッホのもとへと向かいます。

 

ゴーギャンがアルルに着いたのは、1888年10月23日のことでした。そして、度重なるゴッホとの衝突に耐えかねたゴーギャンがアルルを去ることを決めたのは、同年の12月23日です。二人の偉大な芸術家の共同生活は、わずか2カ月しか続きませんでした。しかし、この濃密な2カ月は、二人の芸術に大きな発展と変化をもたらしました。

 

なぜならば、ゴーギャンが描いたアルルの風景には、明らかにゴッホの絵の影響が見て取れるからです。ゴーギャンの『アルル近郊の農家』に見られる細かい筆のタッチは、ゴッホの絵に特徴的に見られるものとよく似ています。

 

ちなみに、『アルル近郊の農家』は2014年のサザビーズ・オークションに出品されて、手数料込み543万ドル(約6億円)で落札されました。6億円と聞くととても高いように聞こえますが、ゴーギャンの30号の絵としてはごく普通の金額です。なにしろ晩年のゴーギャンがタヒチで描いた絵などは、二桁くらい違う価格で取引されているのです。

「描き方」にこだわるゴッホと付き合うのに疲れ・・・

ゴッホの耳切り事件をきっかけにアルルを去ったゴーギャンは、三度目のポン=タヴァン滞在を行います。それにしても、ゴッホとゴーギャンはなぜそんなに意見が合わなかったのでしょうか。そもそも、ゴーギャンの描きたかった絵とはどのようなものなのでしょうか。

 

一番大きな対立は、ゴーギャンが絵とは画家の内面を表現するもので、必ずしも見たものに束縛されなくてもいいと考えていたのに対し、ゴッホは描く対象を見ながらでなければ絵は描けないと考えていたことです。

 

セザンヌの作品を敬愛して6点のセザンヌ作品を所有していたゴーギャンは、絵は必ずしも現実を写したものである必要はなく、二次元のキャンバスの枠の中でいかに自律的な表現ができるかどうかが勝負だと考えていました。

 

そのため、ゴーギャンは過去に見た風景を室内で想像して描くことができましたし、『説教のあとの幻影―ヤコブと天使の闘い』のように、目に見えない天使を描くこともできました。セザンヌにならって構図や構成をじっくりと考えることが、ゴーギャンにとっては大事だったからです。

 

しかし、ゴッホは、表現方法こそゴッホのフィルターがかかっていて独特ですが、基本的には目に見える風景や人物しか描こうとしなかったのです。そのため彼は、炎天下でも嵐の中でも真夜中でも外で絵を描こうとしました。ゴーギャンはそんなゴッホと付き合うことに疲れてしまったのです。

 

ゴーギャンの考え方は、明らかにそれまでの印象派とは対立していました。目に見えるものをそのまま描こうとした印象派に対して、ゴーギャンは目に見えるものと頭の中の世界を統合して、写実にとどまらない画家自身の表現を生み出そうとしていたのです。

 

ポン=タヴァンに戻ったゴーギャンが描いた『黄色いキリスト』には、実際には存在しないはずのキリストの磔像が、ポン=タヴァンの風景の中に大きく描かれています。

株式会社ブリュッケ 代表取締役

1961年愛媛県生まれ。多摩美術大学に進学後、美術大学で彫刻を専攻する過程で、人々の生活に溶け込む平面表現の魅力に目覚め、絵画の世界へ転向。卒業後、都内の画廊での修行を経て、1990年に独立。東京・銀座に、故郷の秀峰の名を冠した「翠波画廊」をオープンさせる。以降26年の長きにわたり、ピカソ、マティス、藤田嗣治、ユトリロ、ローランサン等、絵画愛好家なら誰もが知っている巨匠の作品を数多く扱う。特に20世紀初頭に活躍したフランス近代の画家に造詣が深い。
翠波画廊https://www.suiha.co.jp/

著者紹介

連載モネ、ゴッホ、ルノワール・・・「値段」から読み解くフランス近代絵画

 

 

「値段」で読み解く 魅惑のフランス近代絵画

「値段」で読み解く 魅惑のフランス近代絵画

髙橋 芳郎

幻冬舎メディアコンサルティング

ゴッホ、ピカソ、セザンヌ、ルノワール、ゴーギャン、モディリアーニ…“あの巨匠”の作品に、数十万円で買えるものがある!? 値付けの秘密を知り尽くしたベテラン画商が、フランス近代絵画の“新しい見方”を指南。作品の「値…

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