印象主義から離れるルノワール…肖像画を多く描いた理由とは?

前回は、当初酷評されたルノワールの代表作とともに、生活のために彼が絵を売る決意をするに至った経緯を追いました。今回は、ルノワールが肖像画を多く描いた理由を見ていきます。

「パトロンを探して肖像画を描く」ことを生活の糧に

ルノワールは当時の状況を次のように語っています。

 

「サロンに展示されない絵を好むかもしれない愛好家が、パリには15人くらいいます。しかし残りの8万人は、サロンに展示されない絵は、小品であっても買いません」

 

ルノワールが生活の糧として選んだのは、裕福なパトロンを探して肖像画を描くことでした。

 

1879年のサロンに入選した『シャルパンティエ夫人とその子どもたち』は、美術業界で好意的に評価され、以後のルノワールは印象主義的な表現からだんだんと離れていきます。

 

シャルパンティエは、モーパッサンやフローベールやゾラの小説を扱う出版社の社長でした。ルノワールの絵を早くから購入し、パトロンとして家族の肖像画を何点か注文しています。後にルノワールの弟エドモンは、シャルパンティエが発行する週刊新聞の編集長を務めています。

 

当時、ルノワールの描く人物画の価格はせいぜい80フラン(8万円)でしたが、『シャルパンティエ夫人とその子どもたち』の報酬は1000フラン(100万円)でした。

 

ちなみに、1907年にアメリカのメトロポリタン美術館が購入した時の価格は8万4000フラン(8400万円)になっていました。今ならいくらになるのか、想像もつきません。

 

生活のために描かれたルノワールの肖像画は、女性を描く画家としてのルノワールのイメージをより強固なものにしていきます。そして、ルノワールの絵は印象主義からだんだんと離れて、古典的な、描線のしっかりしたものへと変わっていきました。

 

時には依頼主に受け取ってもらえなかったことも・・・

ところで、女性の肖像画の名手ルノワールといえども、時には失敗することもありました。注文を受けて描いた肖像画のいくつかが、依頼主に気に入られず、受け取ってもらえなかったのです。

 

そのような絵は、まったく別の題名をつけられるのですが、その場合、しばしば普通の肖像画よりも高い価格で売れることがありました。同じ絵であっても、どこの誰だかわからない『フランソワの肖像画』というタイトルよりも『花を持つ美女』というタイトルのほうが、普遍性を感じられるので人気が出るのです。

 

ちなみに『フランソワの肖像画』ではなく『ナポレオン夫人の肖像画』となると、歴史的価値が付与されるので『花を持つ美女』よりも高くなることがあります。ナポレオン夫人に会うことなどめったにできないので、希少価値があるのです。

 

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株式会社ブリュッケ 代表取締役

1961年愛媛県生まれ。多摩美術大学に進学後、美術大学で彫刻を専攻する過程で、人々の生活に溶け込む平面表現の魅力に目覚め、絵画の世界へ転向。卒業後、都内の画廊での修行を経て、1990年に独立。東京・銀座に、故郷の秀峰の名を冠した「翠波画廊」をオープンさせる。以降26年の長きにわたり、ピカソ、マティス、藤田嗣治、ユトリロ、ローランサン等、絵画愛好家なら誰もが知っている巨匠の作品を数多く扱う。特に20世紀初頭に活躍したフランス近代の画家に造詣が深い。
翠波画廊https://www.suiha.co.jp/

著者紹介

「値段」で読み解く 魅惑のフランス近代絵画

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髙橋 芳郎

幻冬舎メディアコンサルティング

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