前回は、ルノワールが肖像画を多く描いた理由について取り上げました。今回は、ルノワールの生涯を見ていきます。

絵画のモデルとしても描かれた、妻のアリーヌ

1880年、39歳のルノワールは、南フランスの農家で生まれてパリでお針子をしていた21歳のアリーヌと出会い、恋人関係になります。

 

1885年には、アリーヌとの間に長男ピエールが生まれました。当時、描かれた『授乳する母親』は、アリーヌとピエールがモデルになっています。

 

アリーヌは、痩せて肌の白い通常のモデルたちとは異なり、お尻の大きなふくよかな女性でした。田舎育ちで庶民派のルノワールには、アリーヌのような気取らない女性が合っていたのでしょう。二人の間には3人の子どもが生まれ、幸福な結婚生活だったといわれています。

 

とはいえ、最初から順風満帆だったわけではありません。1880年に出会って1885年にピエールが生まれましたが、ルノワールはアリーヌの存在を友人たちには隠していて、籍を入れたのは1890年になってからでした。売れない画家だったルノワールには、結婚に対するためらいがあったようです。

 

アリーヌと付き合い始めた当時、ルノワールにはもう一人、お気に入りの女性がいました。それは、ユトリロの母として知られるシュザンヌ・ヴァラドンです。シュザンヌは美しい絵画モデルで、後には自ら絵を描いて画家としても知られるようになります。

 

シュザンヌは数多くの男性と浮名を流しました。1883年に生まれたユトリロは、実父が誰であるかわからない非嫡出子だったのです。関係を噂された有名人には、彼女をモデルに絵を描いていたルノワール、ドガ、ロートレック、そして音楽家のエリック・サティがいます。

 

1883年、ルノワールはシュザンヌをモデルに『都会のダンス』、そしてアリーヌをモデルに『田舎のダンス』という大作を描いています。都会的で洗練された物腰のシュザンヌと田舎者で朗らかなアリーヌとは、まさに対照的でした。

 

『都会のダンス』のモデルをしている時、シュザンヌはユトリロを身ごもっていました。そのため、ユトリロの父親がルノワールではないかという噂は、当時からささやかれていました。

50代、ようやく画家としての名声が確立

モネと同様にルノワールも、50代になってからようやくフランス国内での評価が高まり始めました。

 

1892年、51歳になったルノワールの個展は大評判となり、詩人マラルメの口利きで、国立リュクサンブール美術館のために4000フラン(400万円)で絵の制作をすることになりました。それが『ピアノの前の少女たち』です。

 

やや神経質なところのあったルノワールは、『ピアノの前の少女たち』を全部で5点制作し、好きなものを選んでもらいました。最終的に美術館が選んだバージョンは、ルノワールにとっては最良のバージョンではなかったようですが、いずれにせよルノワールの名声は確固たるものになりました。

 

この頃のルノワールの絵は、印象主義から大きく離れていました。ピアノというモチーフも、ブルジョアの教養や財政力を示す道具で、印象派が目指した前衛運動とはかけ離れています。しかし、同様に社会的な評価を獲得しつつあったモネは、友人の成功を喜びました。モネもルノワールも50代になり、もはや挑戦的な若者ではなくなっていたのです。

 

しかし、印象派の歴史的な評価が確立していたわけではありません。モネもルノワールも、商業的には成功しても、批評家からはまだ白い目で見られていました。

 

1894年、第2回から印象派展に参加していた画家仲間のカイユボットが亡くなります。裕福な家に生まれ、遺産を相続したカイユボットは、ルノワールの『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏場』を制作直後に買い上げるなど、印象派仲間の絵を積極的に購入することで経済的な援助をしていました。

 

45歳のカイユボットが突然亡くなった時、彼の持つ印象派絵画のコレクションは、ピサロ、モネ、ルノワール、シスレー、ドガ、セザンヌ、マネだけで68点にのぼっていました。カイユボットは、これらのコレクションを散逸させることなく、将来的にルーブル美術館に収蔵させたいと考えて遺言状を残しました。

 

このカイユボットの遺言の執行人に指名されたのがルノワールです。ルノワールは早速、国に寄贈の提案をしますが、権威のある保守的な芸術家の反対にあって、なかなか事が進みません。最終的に、現存作家の作品を展示するリュクサンブール美術館が38点を選んで受け入れました。その中には、ルノワールの『陽光の中の裸婦』と『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏場』が含まれていました。

 

それらの作品は、34年後の1928年になって、ようやくルーブル美術館(現在はオルセー美術館所蔵)に移されました。翌1929年、政府はカイユボットの遺族に対して残りの作品も受け取りたいと提案しましたが、断られたそうです。

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髙橋 芳郎

幻冬舎メディアコンサルティング

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