今回は、「いれかわりたちかわり【入れ代わり立ち代わり】」を解説します。※本連載は、元小学館辞典編集部編集長で、辞書編集者として多数の辞書作りに携わってきた神永曉氏の著書、『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信出版局)の中から一部を抜粋し、変化し続ける「ことばの深さ」をお伝えします。

古くから用例があるのは「いりかわる」の方

いれかわりたちかわり【入れ代わり立ち代わり】〔副〕

 

国語審議会は「入り代わり立ち代わり」を推していた?!

 

「早朝から来客が入り代わり立ち代わりある」多くの客が次々と出入りするという意味だが、この文章を読んだときどのように感じただろうか。

 

「入り代わり立ち代わり」は「入れ代わり立ち代わり」ではないかと思ったかたも、大勢いらっしゃるかもしれない。だが、「入り代わり立ち代わり」の方が古くからある言い方なのである。

 

そのことは、『日本国語大辞典(日国)』で動詞の「いりかわる」と「いれかわる」を見比べてみると、「いりかわる」の方が古くから用例があることでも説明できる。「いりかわる」の最も古い例は平安中期の歌物語である『平中物語』(965年頃)であるのに対して、「いれかわる」は南北朝時代の軍記物語『太平記』(14世紀後半)のものなのである。

 

このような「いりかわる」と「いれかわる」の関係に対応してであろう、『日国』で引用されている「入り代わり立ち代わり」の用例は、最も古い例が江戸時代の人情本と呼ばれる小説『所縁の藤浪(ゆかりのふじなみ)』(1821年)のものであるのに対して、「入れ代わり立ち代わり」は大正時代の久保田万太郎の小説『末枯(うらがれ)』(1917年)とかなり新しい。

ほとんどの国語辞典は「揺れ」を認めている

このようなことがあるからであろう、1954(昭和29)年の国語審議会・標準語部会報告「標準語のために」においても、以下のような発言が見られる。

 

「いりかわり・たちかわり(入りかわり・立ちかわり)これは、人が『入れかわる』というのと、人が『入りかわり・立ちかわり』というのとが混線しているように感じられる。今日としては『入りかわり・立ちかわり』のほうを標準と認める」

 

つまり、この当時の国語審議会では標準語としては「入り代わり立ち代わり」を使うようにしようとしたわけである。ところが実際にはそうはならず、現在では冒頭でも述べたように「入れ代わり立ち代わり」の方が優勢になっていると思われる。

 

ただ、国語辞典ではほとんどの辞典が「いりかわり」「いれかわり」の揺れを認めていて、扱い方に違いはあるものの、「いりかわり」「いれかわり」とも見出しになっている。だが、私が調べた限りでは『明鏡国語辞典』(大修館書店)だけが「いりかわり」を立項していない。「いりかわり」は古めかしい言い方だと判断したのであろうか。

 

新聞では、たとえば時事通信社の『最新用字用語42あブック』では、「入り代わり立ち代わり」「入れ代わり立ち代わり」とも認めているし、NHKも『日本語発音アクセント新辞典』に「いりかわり」「いれかわり」ともアクセントを載せているので、『明鏡国語辞典』の判断は異色であるし面白いと思う。

 

□揺れる読み方

 

凡例の読み方はこちら

さらに悩ましい国語辞典

さらに悩ましい国語辞典

神永 曉

時事通信出版局

朝日、読売、クロワッサン、各地方紙が絶賛! 新聞各紙コラムに引用された「悩ましい国語辞典」(5刷)の第2弾! 日本最大の辞書「日本国語大辞典」編集者はまだまだ悩んでいる! 言葉の謎はさらに深まる! そんたく…

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