人件費の削減が原因で、社員の士気が下がった例は多い
会計系の専門家(公認会計士、税理士)が事業再生にかかわった場合、その手当ての多くが固定費の削減になってしまうことは、前回説明した各専門能力の話から理解できると思います。
目に見えている固定費の総額を削減すれば利益が上がるのでとても分かりやすく、短期的な利益増大効果が高いため固定費カットに注力します。さらに言えば、そこしか見えないので、そこに注力するしかないのです。
しかし、人件費の削減が原因でモチベーションが下がり離職者が増えた、チームの士気が下がったという話には枚挙に暇がありません。単なる固定費のカットも、ロジック(カネ)の世界の話だけでは済まないという認識を持ちながら、種々の固定費カットを推奨する専門家がいったい何人いるでしょうか。
数字の理解が足りない場合は「ロジック」が役立つ
とはいえ、ロジックの世界が重要なことは間違いありません。これから紹介するケースは事業再生の現場でよく見かける事例です。多くの製造業の中小企業が製造原価に対して十分な理解ができていません。大きな原因の一つは、公認会計士資格を持たない税理士が税務顧問である場合、固定費の扱い方を知らないことだと思います。
先にも述べましたが、税理士試験には管理会計のみならず工業簿記を問う出題がありません。従って試験に合格しても、その後工業簿記や管理会計について自ら勉強していなければ、これから述べる「固定費の管理」といった論点を知識として持ち合わせていないことになります。
どの会社でも年に一度は決算を行い貸借対照表と損益計算書を作成します。そのうち自社工場で製造している製品については、期末に原価計算を実施して評価をしなければなりません。
例えば、年間に製品を1万個製造して、そのうち100個が期末に製品在庫として残っていたとします(話を単純化するために、材料在庫、仕掛品在庫は期首・期末には全く存在しなかったものとします)。
この1万個の製造に当たり、消費した材料費は300万円、工場の従業員に支払った給与等人件費総額は400万円、その他の工場経費(電気料金、工場の地代家賃、消耗品費、通信費、減価償却費等)の総額は600万円だったとします。
すると、製品1個当たりの製造原価は1300円(〔300万円+400万円+600万円〕÷1万個)となります。期末の製品在庫数が100個ですから、貸借対照表に計上される製品勘定の金額は13万円です。損益計算書の売上原価算定の内訳項目である期末製品棚卸高勘定も同額となります。
この計算過程から、税理士は経営者に今期の製造原価は1個当たり1300円と報告します。すると経営者は、次のように答えるのです。
「そうですか。うちの製品1個当たりの原価が1300円ということは、1400円で売れば100円の利益が出るということですね、先生」
「はい、社長その通りです」
よくある税理士と経営者の会話の光景です。全くその通りですね。