「家にお金があるから、私立医学部が受験できるのね」
逢香や大輝が通った県立高校からは、毎年、何人もが医学部を受験する。もちろん、医学部受験に備えて塾で勉強し、臨むのだが、現役合格者も出していた。ただでさえ、医学部を志願する女性は少ないが、その点でもレベル的にも、舞香の高校から医学部を受験する生徒はまずいない。その年も、医学部を受験するのは舞香ひとりだけだった。
舞香は教師以外、誰にも私立医学部を目指しているとは明かさなかった。むしろ、気づかれないようにひた隠しにしていた。成績が良かったにもかかわらず、本人は「医学部を目指すような成績ではないから、友だちに知れるのが恥ずかしい」と思っていたのだ。
それどころか、舞香は友だちに、父親が医師であることすらも隠していた。普通の家庭で育っている友人の中で、人より恵まれていることそのものがコンプレックスだったのだ。常に、「妬まれているんじゃないだろうか」「恨まれているんじゃないだろうか」と気を遣っていた。「勉強ができなくても、家にお金があるから、私立医学部が受験できるのね」と思われたくはなかった。
周囲に私立医学部受験を悟られないように勉強した舞香、最後まで部活に精を出した大輝、医学部なんだから1浪ぐらいは当たり前と勉強に火が付かなかった逢香。現役での医学部受験の結果は目に見えていた。
「とにかくどこかの医学部に合格しないと始まらない」
敏行と春子も、3人が高校3年になる頃には、浪人を覚悟していた。実は、3人が高校に入学すると同時に、敏行と春子は、医系専門予備校である「メディカルラボ」のイベントに顔を出すようになる。「医学部入試合格ガイダンス」で、入試の動向や勉強方法について、熱心にメモを取っていた。高校3年になると、「メディカルラボ」金沢校の校舎長の中村大輔に「こちらで1年勉強させたら、うちの子どもたちもどこかの医学部に合格できますか?」と相談している。また、「メディカルラボ」から送られてくる資料は、逐一子どもたちに見せた。
「ここは一人ひとりの実力や性格に合わせて指導をする、完全個別授業の、しかも医学部受験に特化した予備校だよ。いろいろと調べてみると、医学部の合格が難しい成績の子も、個別指導と受験へのサポート体制で、どこかに合格させてくれるらしい。医者になるには、とにかくどこかの医学部に合格しないと始まらない。浪人したときのことを考えて、今のうちから資料を見ておくといい。定員が少ないから、浪人してここに行くなら早めに決心しないといけないよ」
敏行は子どもたちにそう説明していた。そして早々に仮申込みをする。医学部受験は優秀な受験生がハイレベルな問題で勝負するため、やるべきことが多い。無駄なことに時間を費やしている暇はない。1年という時間の中で、得意な分野は忘れない程度に復習し、不得意な分野は効率よく徹底的に学習する必要がある。
つまり、周りに歩調を合わせたり、足踏みをしたりする訳にはいかないので、集団授業よりマンツーマンの完全個別指導が向いているのだ。もちろん、入試問題が特殊ゆえに、医学部専門の予備校だというメリットは大きい。敏行が何より気に入っていたのは、メディカルラボは入学時に合格ライン以下の子どもたちにも親身になって指導し、どこかに合格させているという点だった。
それについては中村が、「本人が行きたいと戦闘態勢を取っている以上、私たちはどんなに成績が良くなくても、合格できるように策を講じて指導します。途中で見放すことはありません。ところが、中には勉強をしていくうちに、歯学部や薬学部に進路変更をしたいと言い出す生徒が出ます。理由は興味の対象が変わったり、勉強の限界を感じたりと人それぞれ。それでも、私たちはその子が本当にその進路を希望しているなら、医学部ではなく歯学部や薬学部に向けた受験勉強に変更して教えていきます。私たちはその子の人生を任されているのですから」と説明した。
敏行や春子にとっては、中村のこの言葉によって、「我が子を任せよう」と決意できた。すがるような気持ちだった。