「逢香は中華料理、舞香は発酵食品、大輝は寄せ鍋」
前回の続きです。
3人が目指した高校の偏差値は68だ。合格するには、中学校でもトップクラスの成績でなければならない。むしろ、トップクラスであっても安心はできなかった。そのため、必死で勉強するのが受験生の常だ。それを自覚していた大輝は、中学2年の秋口から、目の色を変えて受験勉強に取り組んだ。もともとコツコツ勉強をするのが性に合っていた舞香は、相変わらず机に向かっている。ひとり逢香だけは、流行の漫画に夢中になっていた。
敏行は我が子3人を「逢香は中華料理。普段は遊んでいても、パッと火が付けば、一気に炒められて、美味しく味付けされる。舞香は発酵食品。じっくりと構えていてマイペースだけど、日本人には好きな味なんだよ。発酵が進むと、奥深い味になる。中華料理と発酵食品はどちらも美味しいだけ、端から見たら、派手な中華料理ばかりが評価されて、舞香はちょっと損をしてしまう。大輝はみんなを集めてうまくまとめる寄せ鍋」と料理に例えている。
敏行の言葉を借りれば、中華料理である逢香には、まだ火が付いていなかったのだ。ただ、横で舞香や大輝が勉強をしているため、「やらないと、自分だけが不合格になるかもしれない」という焦りがあった。焦りはあるのに、勉強に身が入らない。ちょうど反抗期とも重なった。訳もなくイライラする。些細なことで大輝とも口ゲンカをした。
「僕が大切にしている参考書を雑に扱うんじゃない!」
そんなある日、リビングで勉強をしていた大輝は、少し休憩をするため、参考書や問題集を閉じ、重ねてノートパソコンの上に置いた。そこに入って来たのは逢香だった。漫画を読むことにも飽きて、ネットで洋服でも見ようかと思ったのだ。見ると、パソコンの上には大輝の勉強道具。イライラしていた逢香は、「じゃま! 」と叫ぶと同時に、肘で勉強道具を床に落とす。運悪く、その瞬間、大輝が入ってきた。これまでの口ゲンカのこともある。大輝はいつになく頭に血がのぼった。
「何するんだよ!」
「ここに勉強道具を置いたら、パソコンが使えないでしょ」
「みんな必死で受験勉強をしているんだぞ。この時期、おまえは何で勉強をしない」
大輝のすごい剣幕と、言い返しようもない事実に、逢香は黙った。次の瞬間、大輝は逢香を思いきり蹴ったのだ。
「自分が勉強しないからって、僕が大切にしている参考書を、そんなふうに雑に扱うんじゃない!」
穏やかな大輝がキレたことで、「私だってやればできる! 」と逢香に火が付いた。
実は、大輝は常々、「みんなで助け合って勉強をして、全員で合格したい」と思っていた。それなのに、逢香は勉強をしない。ひとり不合格になったらどうするんだろうと考えていた。キレたというより、心配するあまりの爆発だった。そんな心優しい、姉思いの弟だったのだ。
敏行が逢香を中華料理に例えたように、逢香の成績はぐんぐんと伸びていく。それまでは、塾の講師からも「とうてい県下一のハイレベルな高校は無理」とさえ言われていたのにだ。
この話は次回に続きます。