「何としても、3人を医学部へ!」
高校に進学すると、受験で燃えていた逢香の火は再び消えた。活発に行動をするが、傷つきやすい繊細な心を持つため、そのギャップでいつもイライラしていたのだろう。強がりを言いながらも、心の中では伸び悩む成績に焦っていた。高校では吹奏楽部に入部し、友だちも多く、楽しく過ごしていたが、勉強だけは思うようにできなかった。
一方、舞香は特別進学コースだったために、勉強漬けで、部活さえも禁止された。夏休みも朝から晩まで補習があり、宿題も多く、土日も友人と一緒に学校の図書館で勉強をするほどだ。学校の図書館は、夜10時まで開いており、勉強をする生徒が大勢いた。
大輝はバスケット部に入った。文武両道を目指す学校だったため、それなりに勉強もし、部活にも力を入れることができた。
この頃、春子は、逢香や大輝が医師を希望していたこともあり、「何としても、3人を医学部へ」と、熱心に情報を集めるようになった。舞香だけが別の学部という選択はなかった。「また、舞ちゃんだけ」という思いは、もう二度としたくなかったのだ。
「医師ほど安定した職業はない」
リーマンショック以来、医学部の受験勉強は熾烈を極めた。敏行は、2007年のサブプライムローン問題、2008年のリーマンショック以来、医学部合格が難しくなったと言う。これまでも確かに医学部入試は難しかったが、しっかりと勉強をしていれば手が届かないものではなかった。
しかし、不景気な世の中で、医師ほど安定した職業はないと、受験生が医学部に殺到したのだ。ある程度経済的に恵まれている保護者なら、「医学部に行ける学力があるなら、是が非でも我が子を医学部へ」と考えるようになっていた。
「今では、80〜100年続いているような企業でも、明日は分かりません。倒産することだってあるのです。たとえ定年まで勤めることができても、年金があてにならなくなった今、残りの人生、20〜30年間はどうやって生きていくのでしょう。その点、医師は自分が体調を崩さない限り、人生80歳まで、それなりの高収入で働くことができます」
というのが、敏行の見解だった。