「台湾では優秀な生徒はほとんど医学部に行く」
前回の続きです。
実際、中山家の地元でもある金沢医科大学の医学部では、105人の募集人員に4000人ほどの受験生が殺到している。その倍率は約38倍だ。
さらに、敏行は、
「先日、台湾の友人に聞いたのですが、台湾では優秀な生徒はほとんど医学部に行くのだそうです。なぜなら、台湾は中国との間で政情不安だから、万が一、アメリカなどに亡命しても生きていけるようにと。台湾の医師免許を持っていれば、だいたいの国で職にあぶれることはないのです」
と続ける。日本人が亡命を考えることはまずない。しかし、海外で生きていきたいと考えることはあるだろう。そんな時でも、医師免許は役に立つと考えていた。
「どうして理系に進まなければならないの?」
そんな医学部受験の実情もあり、逢香、舞香、大輝は高校の授業が終わってから、塾に通うことになった。北陸の小さな町は東京23区のように交通の便がよくない。地方の例に漏れず、車社会なのだ。そこで、春子が車で送り迎えをすることになった。とはいえ、舞香と他のふたりは高校が違い、大輝は部活で遅くなることも多い。他の親と比べて、3倍の負担が掛かる。
5時に自宅を出ると、車中で夕食を食べさせるため、途中のコンビニでお弁当を買い、6時過ぎにまず逢香をピックアップする。そのまま、大輝が出てくるのを待ち、次に舞香がいる女子高校に向かった。3人を塾に送り届け、いったん自宅に戻ると、今度は塾に迎えに行かなければならない。大輝がなかなか出て来ない日はさらに大変だ。ずっと舞香を校門で待たせているわけにはいかないので、逢香だけを乗せて女子高校に行き、ふたりを塾に送り届けた後で、もう一度、高校に戻る。塾にも時間通りに届けなければならないため、つい、イライラすることもあった。
そのイライラは待たされている逢香にも移り、待たせている大輝にも伝染する。塾への迎えは深夜11時半だ。正直、疲れすぎていて、どこを通ったのか覚えていないような日もあった。それでも、「3人を医学部へ!」という強い思いから、必死で頑張った。
舞香が「学校、塾、復習、受験勉強、どれも中途半端になっている」と漏らしたことがある。息抜きができないと感じていたのかもしれない。さらに、両親に「私は数学が苦手なのに、どうして理系に進まなければならないの?」と疑問を呈したこともあった。ストレスがたまっていたのだろう。