今回は、企業の見えない資産を数値化・定量化する「KPI」導入が失速した理由について見ていきます。※本連載では、株式会社バリュークリエイト代表取締役・三冨正博氏の著書『「見えない資産」経営 企業価値と利益の源泉』(東方通信社)から一部を抜粋し、組織資産や人的資産、顧客資産といった「見えない」資産の創り方を見ていきます。

見えない資産を見える化する「主要業績評価指標」

DCFモデルを使うことによって、将来のFCFから見えない資産を金額的に把握することがある程度可能になった。

 

次に、もう少し踏み込んで、見えない資産をなんらかの形で見える化し、維持管理することはできないだろうかと考えた。そこで着目したのがKPIだった。顧客企業の経営者から「企業価値を高めるには見えない資産にどのようなKPIを使ったらいいのか」と聞かれたのは一度や二度ではない。KPIとはKey Performance Indicatorsの略であり、日本語では「主要業績評価指標」と呼ばれる。

 

企業価値を高めるカギが見えない資産にあるのなら、その見えない資産をどうにか見えるようにしたいと思うのは当然だろう。金融資産や物的資産を財務諸表で確認するように、見えない資産についても、何らかの手段で数値的に確認できるようになれば、企業価値が間違いなく創造されているかどうかがわかる。もし、見えない資産に陰りがあるようなら、はやめに手を打つことで見えない資産を高めることができ、価値創造のプロセスがより力強く、よりスムーズに回転することになり、価値創造のプロセスをコントロールできるかもしれない。それはつまり企業の価値創造をマネージできることを意味する。これについては、アーサーアンダーセンでの経験がヒントになった。

 

アーサーアンダーセンでは、顧客満足度調査、従業員満足度調査、多面評価制度、チャージャビリティー、NFPH(Net Fee Per Hour)、研修時間、有給消化率といったKPIを使って、見えない資産をきわめてうまく維持管理していたからだ。

 

KPIは見えない資産を数値化、定量化して、はっきりと判別しやすい形で見せてくれる。その意味で、非常に使い勝手のいいツールである。

 

もし仮に、見えない資産を完全に見える化できるKPIが開発され、使いこなすことができたなら、バリューコードの暗号の解読は完了してしまうかもしれない。

 

5つの資産のうち、金融資産と物的資産の2つの資産は財務諸表によって管理できるのだから、見えない3つの資産が同様に数値化された状態で確認できるなら、経営者のやる仕事は、5つの資産が低下しないようにKPIを見張っていればいいことになる。

 

さらに、見えない資産を維持管理するという補完的な使い方にとどまらず、KPIを設定することによって、価値創造のプロセスをコントロールすることができたら、経営者がやることは、年度のはじめに5つの資産のKPI数値を設定しておくだけでいい。あとは勝手に価値創造のプロセスが働き、従業員は毎日張り切ってイキイキ働き、顧客は自社の製品・サービスに満足してニコニコし、1年が終わって決算を締めると、しっかりキャッシュが積み重なっている状態が実現することになる。

 

しかし、結果的にこの試みは実を結ばなかった。たしかにKPIの活用が企業の価値創造に結びついた事例もあった。しかし、KPIを導入しさえすればうまくいくというほど甘くないのが実情だった。

KPIが不完全である「3つの理由」

その原因は3つある。第1の原因は、多くの会社がKPIを導入する際に5つの資産あるいは価値創造のプロセスを意識していないことだ。とりわけ大企業の場合には企業レベル、事業レベル、BU(ビジネスユニット)レベルなどに分類した上で、5つの資産あるいは価値創造のプロセスを重組み合わせて構造化し、見える化する必要があるのだが、ほとんどの企業ではそれらを行っていない。

 

KPIが不完全である第2の理由は、見えない資産を正確に把握するKPIが存在しないことだ。いくつかのすぐれたKPIがすでに開発されているとはいえ、それは見えない資産のほんの一部分を垣間見ているにすぎない。

 

あるグローバル企業の人事担当役員に、KPIのことで相談を持ちかけられたことがある。聞くと、彼は見えない資産の考え方に共感し、自分の担当している人事部門でも応用できないかと考え、人的資産を管理するためのKPIを独自に設定したので、私に見て感想を伝えてほしいということだった。さっそく拝見すると、渡された一覧表にはおおよそ70項目におよぶKPIがずらりと並んでいた。人的資産を管理するためだけに70ものKPIがあるのである。人的資産を判定するKPIはいくつかあるが、一つひとつの指標は資産の一側面をあらわしているにすぎない。正確な判定を期するならあらゆる角度からの分析が必要になると考え、あれもこれもと足していったら膨大に増えてしまったらしい。

 

その会社の従業員は1万人以上。一つひとつの項目を調査し、レベルを判定して数値化する作業を全従業員に対して行うとなると、作業量は莫大になる。それに、視点を増やして多くの指標を使えば正確性が高まるわけではなく、逆にそれぞれの分析結果の読み方が複雑になるだけで、正しい指標が得られるとはかぎらない。そもそも人的資産のKPIは、5つの資産の他の4つの資産のKPIと連動させて見ていかないと、誤った判断につながってしまう恐れもある。

 

作業量が膨大になるだけで得られるものは少ないということで、このKPIは使うべきではないと私は役員に進言した。

 

KPIが不完全である第3の理由は、現在の形のKPIだと、管理することが目的化してしまいかねず、本来の経営のあり方をゆがめてしまう危険があることだ。

 

私たちがアドバイスしていたサービス企業で、顧客資産を高めるための試みとして、顧客満足度調査を経営に反映させる実験を行ったことがある。顧客満足度を高めることは、顧客資産を増やすことを意味し、結果として売上や利益など金融資産の増加につながると考えたのである。そして、実際に顧客に対する聞き取り調査を行った結果、「サービス料金が高い」という声が多かったことから、値下げを断行したことで顧客満足度を高めることに成功した。

 

ところが、料金を下げたので当然ながら利益率が下がってしまう。すると、いままで使えていた経費や外注費がどんどん削られ、利益を維持するため余計に仕事をとらなければならなくなり、従業員の仕事量が増え、十分なサービスを提供できなくなってしまったのである。この結果を受けて、私たちは顧客満足度調査をやっても顧客資産は高まらないという結論を出した。これでは、顧客資産が高まったといえないのは当然であり、むしろ低下してしまっていると判断したのだ。

 

私はそれまで、自分がアーサーアンダーセンでさまざまなKPIを駆使して実際に仕事で活用していたので、5つの資産の各々にKPIを使えば企業価値を創造するためのカギをすべて解明できると思っていた。しかし、どうやらKPIだけでは、価値創造のプロセスに流れをつくること、5つの資産を大きくすることに限界があることを認めなければならなかった。

 

こうして5つの資産の限界に直面した私たちは、5つの資産をベースに、あらたなフレームワークとして「バリュートライアングル」を発想することになったのである。

本連載は、2017年5月13日刊行の書籍『「見えない資産」経営 企業価値と利益の源泉』(東方通信社)から抜粋したものです。稀にその後の税制改正等、最新の内容には一部対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

「見えない資産」経営―企業価値と利益の源泉

「見えない資産」経営―企業価値と利益の源泉

三富 正博

東方通信社

企業価値というと、金融資産や物的資産といった「見える資産」ばかりが注目されがちだが、著者はそのほかにも組織資産や人的資産、顧客資産といった「見えない資産」があることを強調し、それこそが企業価値と利益の源泉である…

人気記事ランキング

  • デイリー
  • 週間
  • 月間

メルマガ会員登録者の
ご案内

メルマガ会員限定記事をお読みいただける他、新着記事の一覧をメールで配信。カメハメハ倶楽部主催の各種セミナー案内等、知的武装をし、行動するための情報を厳選してお届けします。

メルマガ登録