今回は、「見えない資産の育成」に成功した企業の実例としてアーサーアンダーセンを取り上げます。※本連載では、株式会社バリュークリエイト代表取締役・三冨正博氏の著書『「見えない資産」経営 企業価値と利益の源泉』(東方通信社)から一部を抜粋し、組織資産や人的資産、顧客資産といった「見えない」資産の創り方を見ていきます。

「Think Straight, Talk Straight」という行動基準

見えない資産を維持管理していくことで、価値創造のプロセスが推進力を得るというのは概念上の話だけではない。実際に、高い実績を上げている企業はかならずといっていいほど、見えない資産の育成に力を入れているという事実がある。

 

その代表例が、アーサーアンダーセンである。

 

私が勤務していた当時はそこまで意識して分析したことはなかったが、いまあらためて検証してみると、アーサーアンダーセンという組織は、組織資産、人的資産、顧客資産の3つの見えない資産の構築に徹底して取り組み、この結果、高い業績を達成していた。

 

組織資産でいうと、アーサーアンダーセンに根づいていた企業文化がある。

 

どこの会社でも、従業員に共通する雰囲気、立ち居振る舞い、考え方や行動のクセ、あるいは、口癖のように繰り返す言葉といった社内文化を見ることができる。アーサーアンダーセンのそれはきわめて濃いものだった。

 

たとえば、アーサーアンダーセンの社内では、合言葉のようになっている「Think Straight,Talk Straight」というフレーズがある。

 

私が最初、東京事務所に入社した際に行われた新入社員研修では、講師である先輩社員から「我々はプロフェッショナルだ。自分の思っていることをシンプルに考え、いいと思ったことはストレートに発言すべきだ」といわれた。

 

学生時代の私の認識では、社会に出たら、自分の思いは心のなかに押しとどめて決して口には出さず、黙って社命に従うのが大人の処世術というものだと考えていたので、先輩社員の言葉を非常に鮮烈に受けとめた。

 

「心に思ったことを素直にいってもいいのだ」と納得し、そして実際、私は入社後、その通りに行動した。当然、まわりの同僚も同じだ。日本の普通の企業で、いいたいことをいい合ったら、同僚同士で衝突を繰り返し、人間関係がぎくしゃくしてしまうだろう。けれど、アーサーアンダーセンではみんなそうなので、誰も気にしない。いつしか私たちのなかで、「Think Straight,Talk Straight」は当たり前の行動基準となって定着していった。

 

その後、アメリカに移籍し、サンフランシスコ、シアトル、アトランタの3拠点に異動したが、どこでもこの文化は変わらなかった。

プロフェッショナルとして「顧客の期待を超え続ける」

アーサーアンダーセンで働いているプロフェッショナルの多くは、大学卒業後からずっと「Think Straight,Talk Straight」を当たり前に考え、当たり前に実践しているので、それはもはや空気のようになっているのだ。それこそまさにアーサーアンダーセンの文化の大切な一部を構成している。

 

よき文化とは、まさにその組織に属している人が当たり前に考え、当たり前に行動し、習慣となり、よき結果へと導かれ、それが実践している人の自信となり、さらに実践していくことで信念となり、それが組織全体として共有されることで組織全体の信念となっているようなことをいう。

 

人的資産についても、採用、研修、キャリアパス、仕事の進め方、評価など人事政策のすべての面で、アーサーアンダーセンの求める人材像が貫かれていた。それは「Best people hiring & best training for best service to our client」という言葉に凝縮されている。ベストの人材を採用し、クライアントにベストのサービスをするためにベストの教育研修をするという意味である。

 

アーサーアンダーセンにおいてベストな人材とは、たんに頭脳が優秀であるか、いい大学を卒業しているか、学生時代の成績はよかったか、といったことではない。アーサーアンダーセンの文化に共感し、アーサーアンダーセンが目指す理想を体現し、そしてアーサーアンダーセンが顧客に提供しようとしている価値を組織になり代わって顧客に提供できる人材である。

 

このため、アーサーアンダーセンの研修においては外部講師を原則使わず、かならず先輩社員が講師となって新人を指導するのが鉄則だった。研修とは、社会人としての一般教養や業務知識を教えるものではなく、アーサーアンダーセンが求めるベストな人材を育成するものであるからだ。

 

アーサーアンダーセンは研修に非常に多くの投資をした組織だった。毎年、年間売上比で6~7%に上る巨額の予算を人材開発に使っていた。これは、同業他社と比較しても群を抜いていたことで知られる。

 

人事の評価においても「フォー・コーナーストーン」という4つの評価軸からなる独自のメソッドを採用していた。それは、People(人的資産)、Exceed Clients' Expectations(顧客資産)、Quality/Risk Management(物的資産、組織資産)、Market Share/Growth(金融資産)の4つである。当時まだアーサーアンダーセンは「5つの資産」の概念を発表する前だったが、すべて5つの資産に合致していることがわかる。つまり、売上や利益といった見える資産のみならず、見えない資産も加えた評価がなされていたのである。

 

このなかで、もっとも特徴的なものは「Exceed Clients' Expectations」だろう。日本語では「顧客の期待を超え続ける」という意味だ。アーサーアンダーセンにとっては、顧客満足を得るのは当然、顧客が期待している水準を超えて初めて評価の対象となる。顧客が困っていることや期待していることを確認し、顧客の期待を超えるためのアクションプランを立てて実行し、顧客からフィードバックを受けて、さらに次の活動へとつなげていく。このような一連のプロセスのなかから顧客が本当に困っていることを解決でき、顧客が期待している以上の成果が出てくると顧客は素直に感動してくれるし、評価してくれるし、また新しい仕事をくれるようになる。このような顧客との信頼関係をアーサーアンダーセンで働くプロフェッショナルは何よりも大切にしていたのである。

 

一般的には、経営理念で「顧客満足」とうたっていても、顧客がどれだけ満足したかという基準で人事評価をしている例はほとんどない。その点、アーサーアンダーセンでは毎年、顧客に対して顧客満足度調査を行い、プロフェッショナルの行ったサービスに対する満足度を調べて、フォー・コーナーストーンのひとつとして実際に評価に反映していたのである。

 

このときの「顧客の期待を超え続ける」というのは、顧客に迎合することとはまったく違う。プロフェッショナルとして、顧客企業の健全な成長のために必要なあらゆる手を打ち、ときには耳の痛いことでも進言すべきであるということを意味しており、ここに創業者であるアーサーアンダーセンの精神が息づいている。

 

このように見てくると、アーサーアンダーセンの社内で日々私たちが行っていた業務は、見えない資産をコツコツと磨き増やしていく活動そのものであった。アーサーアンダーセンは、解散するまで、世界5大会計事務所のなかで常にトップを走る存在であった。その圧倒的な強さの背景にあったのは、見えない資産の価値を知り、維持管理するための具体的な施策を打ち、価値創造のプロセスがしっかり機能していたことだろう。そして、その中心にあり、求心力となっていたのがアーサーアンダーセン全体で共有されていた文化であり組織資産だったのだ。

本連載は、2017年5月13日刊行の書籍『「見えない資産」経営 企業価値と利益の源泉』(東方通信社)から抜粋したものです。稀にその後の税制改正等、最新の内容には一部対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

「見えない資産」経営―企業価値と利益の源泉

「見えない資産」経営―企業価値と利益の源泉

三富 正博

東方通信社

企業価値というと、金融資産や物的資産といった「見える資産」ばかりが注目されがちだが、著者はそのほかにも組織資産や人的資産、顧客資産といった「見えない資産」があることを強調し、それこそが企業価値と利益の源泉である…

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