新事業と既存事業の関連性が論点に
一般的に後継者による事業ドメインの再定義では、活動領域の方向性と広がりに関する論点が上げられます。
最初に、事業ドメインの方向性について考えていくことにしましょう。
事業ドメインの方向性とは、これから新たに展開しようとする事業のベクトルを示すものです。既存の事業領域をもつファミリービジネスにおいては、後継者による新事業のドメインと既存事業のドメインとがどの程度関連しているのかが論点となります。既存事業のドメインと関連する場合、後継者による新事業は、既存事業とシナジー効果を期待することができます。
他方、既存事業のドメインとの関連性が高い故に、後継者による新事業展開が既存事業からの制約を受けてしまう可能性もあります。既存事業のドメインと関連しない場合、後継者による新事業は、ファミリービジネスにとっての経営上のリスク分散効果が期待できます。また、既存事業のドメインと関連性がないが故に、後継者は過去の見本例がない中で事業展開をせねばならず、挑戦的な事業展開となってしまう可能性もあります。
定義が広すぎると新事業の焦点が抽象化
次に、後継者による事業ドメインの広がりについて考えていくことにしましょう。
事業ドメインの広がりにおいては、後継者によって展開される新事業の活動領域が広すぎるのか、逆に狭すぎるのかということが論点になります。事業ドメインの定義が広すぎる場合、後継者による新事業のミッションが抽象的になってしまいます。
例えば、従業員の意欲の矛先が分散してしまい、想定する効果が得られない可能性もあります。反対に、事業ドメインの定義が狭すぎる場合、潜在的な事業機会を逸してしまう可能性があります。このように、後継者による事業ドメインの再定義において、その方向性や広がりをどのようにマネジメントしていくかということは、事業承継上、重要な課題となるのです。
[図表]後継者の事業ドメイン再定義の方向性と広がり
事業ドメインによって自社の制約と課題が明らかに
最後に、後継者による事業ドメインの再定義がファミリービジネスの経営において及ぼす効果について考えていくことにしましょう。
後継者の事業ドメインの方向性と広がりについて、ファミリービジネス経営の観点から考察すると、将来的なファミリービジネスの経営上の制約を認識することができます。後継者によって再定義された事業ドメインは、ファミリービジネスにとって即時実行可能であるとは限りません。後継者の事業ドメインの再定義とは、あくまで事業の構想段階のものです。後継者による事業の展開段階において、はじめて不足する経営資源(制約)が顕在化してくる可能性があります。それだけではありません。伝統的な長寿型ファミリービジネスでは、組織的な慣性が後継者の進取的な思考や行動の制約となる可能性もあります。
他方、上記のファミリービジネスの経営上の制約とは、ファミリービジネスが将来的に乗り越えるべき課題を示しているともいえるでしょう。経営環境の変化に伴い、先代世代の時代には問題とならなかった要因が、後継者の時代には脅威となっている場合があります。後継者が、経営環境の変化に適合するよう新たに事業ドメインを再定義することで、脅威を回避し、新たに生み出される事業機会を掴むことができる可能性もあります。将来的に乗り越えるべき課題が提示されるからこそ、ファミリービジネスの承継プロセスにおいて後継者による事業ドメインの再定義という行為が正当化されることに繋がるのです。
このように、後継者の事業ドメインの再定義が及ぼすファミリービジネスへの効果について考察することで、企業の伝統と革新のメカニズムの一端を垣間見ることに繋がるでしょう。
<参考文献>
落合康裕(2014)『ファミリービジネスの事業継承研究-長寿企業の事業継承と継承者の行動-』神戸大学大学院経営学研究科博士論文.
落合康裕(2015)「老舗企業における事業承継と世代間行動の連鎖性-福島・大和川酒造店における事例研究-」『事業承継』第4号pp. 64-79.
落合康裕(2016)『事業承継のジレンマ:後継者の制約と自律のマネジメント』白桃書房.