まず、商圏ベンチマーキングとポテンシャルを数値化
前回の続きである。
「その結果、「商圏の現状分析や評価を判断するにあたって、個人それぞれが持つ視点や意見をこの『駅カルテ』を基に共有することができるようになりました。これまで重視してきた『乗降客』以外に競合の集積度など重要な数値や要素があるのだなという発見がありました」
「『成城学園前』と『田園調布』どちらも富裕層が多いという認識でしたが、商圏構造がだいぶ違うということや、商業環境もかなり違うことなど、他社の沿線との比較によってその違いを組織内ではっきりと意識し、共有することができました」
「また、売り上げ予測からポテンシャルを具体的な数値で把握できるようになったので、これまで以上にスピーディーに部門間で仮説出しや業種・業態を絞り込むなどスタート時の判断材料としても役立っています」
「中でも『印象』と『実際の数値』と『ポテンシャルの数値』を一枚のカルテに集約することにより、なぜその数値の違いが発生するのか、その原因を推察し仮説を検証するためのリサーチを実施するなど新しいアプローチができるようになり、それぞれの部門のデータ活用インテリジェンスが高まったことが大きな収穫といっていいでしょう」(馬場氏)。
この商圏を同一スケールで表示し、同じ表現方法でデータマップ化する方法を「商圏ベンチマーキング」もしくは「商圏ベンチマーク分析」と呼ぶ。立地分析をする際に最も頻繁に使用される方法で、既存店の評価、競合店の立地戦略などを理解するには便利な手法だ。
ベンチマーキングとはもともと測量用語で、高さを測る時に使用する標高がわかっている地点(基準点)のことをいう。ビジネス分野では「目標企業を設定して学ぶ」といった使い方もされるが、ベンチマークには本来「同一基準で比較する」という意味もある。「商圏ベンチマーキング」とは「同一スケールによる商圏比較」となる。
同じ縮尺で商圏範囲をそろえると人口は多いのか少ないのか、どんな居住者が多いのか、人口は増えているのか減っているのかを簡単に比較できる。さらに成績のよい店舗と悪い店舗の立地条件はどこが同じで、どこが違うのかを直感的に把握することもできる。
エリアに最適な「業種・テナント」を誘致
沿線の付加価値化は鉄道会社だけではその本当のポテンシャルを引き出すことはできない。
適材適所、立地相性のよいテナントを誘致することにより、継続的に出店テナントが利益をあげることで小田急電鉄は家賃収入を得るとともに、沿線居住者の期待にも応えることができる。その結果として、沿線価値が上がるといった好循環の環境が形作られていく。
「沿線価値を高めるための環境整備が私たちの使命ではないかと考えています。当社の収入増となるだけでなく、増々魅力的な沿線エリアとなり、その結果さらなる投資を呼び込み、最終的には沿線にお住まいのみなさまに『かけがいのない時間』『ゆたかなくらし』を提供できるのでは、と考えています」
「部門間のシナジーとテナント企業との信頼関係の構築、そして沿線のお客様の『小田急体験』の向上に『商圏ベンチマーキング』と『ポテンシャル』を数値として把握することが重要な役割を果たしているのではないかと考えています」(馬場氏)。
売り上げには立地以外にも複数の要因が影響
ところで「立地ポテンシャル」とはなんだろうか?
一般的には自社の業種・業態で期待されるその立地での売り上げと解釈することができる。同じフォーマットの店舗を構築するのであれば、単位面積当たりの期待される売り上げと考えてもよい。
いずれにしてもこのポテンシャルが、合理的な手法で求められ、再現性があり、関係者が納得することができればビジネス上の意思決定や意思疎通がスムースになる。
ところがひと口に立地といっても売り上げに影響を与える様々な要因がある。複数の要因が影響しあって売り上げという数値を形作っている。
同じコンビニエンス業態でも、1位のセブンイレブンの店舗当たりの1日の売り上げは平均63万円(セブン&アイ・ホールディングス事業概要―投資家向けデータブック(2015年度版)―)、ローソンが45万円(株式会社ローソンファクトシート)、ファミリーマートが47万円(アニュアルリポート2016)とブランドによって1店舗当たり売り上げることのできる力は異なる。
ブランド力とは品ぞろえ、オペレーション力、商品提案力、立地の選定力など総合的な力と信用によって成り立っている。同じ立地でもブランドが異なるだけで単位面積当たりの売り上げは変わる。
反対に、同じ業種・業態・ブランドであったとしても、立地によって売り上げのよい店もあれば悪い店舗もある。小田急のプロジェクトでは「似たような立地であれば同じような売り上げになるはずだ」という考えに基づいて「立地ポテンシャル」を定義している。似たような立地ならば似たような売り上げがあがる。
似たような立地なのに売り上げが大きく異なるとしたら、立地以外の要因が影響している可能性がある。
たとえば、オペレーションが悪かったりするのではという仮説が成り立つ。実際に類似性を計測する場合は、機械学習などの人工知能系技術を用いて精緻な分類をし、分類結果に坪当たりの売り上げを回帰(予測)されることによりポテンシャルを評価している。