ひとくちに「ヒスイ」と言っても呼び方はさまざま
ヒスイは、目で見る事ができないほど微細な結晶が無数に集合した形をとって、常に塊状で産出する。集合している結晶は「ジェダイト Jadeite(ひすい輝石)」で、その出来方と形状から考えるとヒスイは“岩石”なのである。
つまりジェダイトは鉱物名称で、塊状体を構成している1つの結晶に対して付けられた名称であるが、わかりにくいので、その周辺の名前をここで簡単にまとめておく事にする。
<ジェード>
緑の色を持つ特定の質感の石を呼んだもの。
<翡翠>
本来が中国で特別な色に着目してヒスイを呼んだもので、イメージ・ネームである。
<ヒスイ>
ジェダイト(ひすい輝石)から構成されている岩石の名称。
<ひすい輝石>
ヒスイを構成する鉱物の1つをいう鉱物名称で、翡翠玉を後の時代に分析して名付けたもの。英名はジェダイト(またはジェイダイト)である。
※本連載では、前後の文脈によりヒスイ・翡翠を使い分けている部分があります。
和名と英名の間には互換性が無く、さらに集合構造をもつ宝石だという事が個々の名称をわかりづらくする原因となっていて、皮肉にもその事がこの宝石を理解しにくいものにしている。
ヒスイは特殊な環境でしか形成されない「稀有な石」
多くの宝石の中にあってヒスイほど稀有な石はない。かなり特殊な環境でしか形成されない為、その産地が限られているからである。
46億年前、原始地球が誕生してやがて大陸塊が生まれた。先カンブリア紀以降になると地球の内部が冷え始め、世界の数箇所でヒスイ(ジェダイト)を含む岩石が生まれた。その後地球の温度がさらに下がると、一枚岩であった大陸は次第に分裂を始め、それに伴って生まれた造山運動でさらに限られた場所で純度の高いヒスイが形成された。
そのヒスイのひとつが、今から5000年を優に超える遥か昔、縄文人によって富山県から新潟県にかけての海辺りで発見されている。
ひすい輝石が形成される場所は、海洋プレート(岩盤)が大陸プレートにぶつかってその下にもぐり込んでいく「沈み込み帯」と呼ばれているところである。
地下20kmから30kmの場所で、『藍閃石 Glaucophane Na2Mg3Al2[OH|Si4O11]2』を特徴的に伴う変成帯である通常地下20kmから30kmの場所は温度が600℃程度になるが、沈み込み帯では圧力が高い割りに温度が低いという条件が満たされる。ひすい輝石の形成条件である圧力が1万気圧で200℃から300℃程度の場所は、極めて限られている。
対してネフライトの方は、ジェダイトの半分程度の圧力(推測値で5000気圧程度)と400℃から500℃程度の温度の下で形成され、ジェダイトに比べると“高温低圧型”の変成作用である。
かつてひすい輝石は、沈み込み帯に運ばれた岩石中の曹長石(アルバイト)が分解して石英と共に形成されると考えられていた。
以下の写真のヒスイはトルコ産で紫色のものだが、分析をしてみると、石英や雲母に混じってひすい輝石が形成されている。
このタイプのものは宝石界では『マトリクス・ジェード』と呼ばれていて、ひすい輝石の量は少なく「含ひすい輝石岩」と呼ぶべきものだが、ひすい輝石の成因を考える上での示唆石ともなるものである。
しかしミャンマーや新潟県のヒスイを分析してみると、そこには石英は含まれていない。ということは、曹長石が分解して石英と共にひすい輝石が形成される以外の成因がある事になる。
良質のヒスイが形成される場所には必ず「蛇紋岩」の存在があり、ヒスイはオフィオライト帯に沿って点在し、蛇紋岩メランジュ帯に異地性の団塊として含まれている。その蛇紋石は、橄欖岩(かんらんがん)から生まれたものである。