「ネットビジネスにすぎない」と捉えていると・・・
社会インフラや自動車、電気・電子機器などの産業で活動する人たちから見ると、こうした新しいビジネスモデルはICT産業のごく一部、若者が若者のために生みだした「ネットビジネス」にすぎないと映るかもしれない。
しかし、たとえば自動車産業のような既存の巨大産業は、グーグルの挑戦に対して盤石であると言えるだろうか? 優れたエンジンの開発・製造はグーグルにはできないかもしれない。しかし、自動運転やダッシュボードを通じて提供される情報サービスはどうだろう? 自動車メーカーはグーグルが提供するような世の中のあらゆる情報、それを活用したUXを提供できるだろうか?
「そんなサービスや機能は買えばいいじゃないか」と自動車メーカーの人たちは考えるかもしれない。しかしそれは、かつてコンピュータメーカーがソフトウェアメーカーに対して抱いていた優越感と同じではないだろうか? ハードウェアとしてのコンピュータはそれ自体がいかに優れていても、量産されて社会に普及すればするほどコモディティ化し、価格競争にさらされて利益を生まないビジネスになっていった。さらに、コンピュータにインストールして使うソフトウェアもやがてコモディティ化し、インターネットを通じて次々と提供される新しいサービスに主役の座を譲ることになった。
近いうちにほとんどの車はそれ自体の機能・性能以上に、ダッシュボードを通じて提供されるUXが価値を持つようになる。パソコンで人とマシンをつなぐユーザーインターフェースのように、ダッシュボードのユーザーインターフェースを制した者が車の価値を決めるのだ。そうなれば、ハードとしての「ダッシュボード」はパソコンのディスプレイにすぎない。あるいはスマートフォンと併用される端末のひとつになるかもしれない。
これからは、ユーザーに最大のUXを提供できる産業・企業の時代なのだ。
「UXの発想」から新ビジネスの創造に成功したGE
「UX創造ビジネスで成功しているのは、最近出てきたITベンチャーばかりで、50年、100年の歴史がある企業にそんな身軽なことはできない」と言う人がいるかもしれない。
しかしUX創造はICT業界だけのビジネスモデルではないし、長い伝統と実績を持つ世界的な企業でも、UXの発想から新ビジネスの創造に成功している。
たとえばGE(ゼネラル・エレクトリック)の航空機ビジネス。
システムコントロールフェアの記事によると9、GEは世界の航空機エンジンの約6割を供給する世界最大の航空機エンジンメーカーだが、1970年代まではこの分野の弱小メーカーにすぎなかった。航空機分野でGEを成功に導いたのは、このエンジン製造事業に航空機リースや運行管理支援などを組み合わせた複合ビジネスの創造だった。
9. システムコントロールフェア2015「GE って飛行機トータルソリューション会社??」
http://scf.jp/ja/essay/a004.php(2016 年11 月1 日にアクセス)
GEはリース事業によって約1800機を保有する世界最大の航空機リース会社になった。さらにGEはエンジンの性能を測定するシステムをすべてのエンジンに埋め込み、飛行中や空港にいるすべての航空機の移動・活動状況をモニターできるようにした。そこから得られるデータを解析することで、GEは航空会社の収益を最大化するような運行やメンテナンスをアドバイスすることができる。つまりGEの航空機事業は、航空会社をユーザーとするトータルソリューションサービスなのだ。厳しい国際競争に晒されている航空会社は、もはやこのソリューション抜きに利益を確保することは難しいとさえ言われている。
この事業によってGEは約20%という高い利益率を得ている。単なるメーカーではなく、単なる金融サービスでもなく、航空会社に航空機の運航最適化という新しいUXを提供し、新たなビジネスを確立した。そこにGEの革新性がある。
[図表]UX 提供による新ビジネス創造に成功したGE
こうした革新的なビジネスへシフトしていく一方で、GEは事業の出発点となった家電事業をそっくり売却してしまった。歴史ある世界の大企業でも勝ち続けるためには、これくらいの果敢な挑戦と大胆な決断が必要なのだ。
タイヤのミシュランも、運送会社向けのリース事業で新たなビジネスモデルの創造に成功している。元々タイヤの製造販売は、製品を販売したところでバリューチェーンが終わってしまうビジネスだった。ミシュランはこれを走行距離で課金するサービス業に変えたのだ。ただタイヤをリースするだけでなく、使用されているタイヤをモニタリングし、メンテナンスやコストなどの一括管理も行う。これでユーザー企業にも単なるリース以上の付加価値が提供される。こうした新たな価値の提供は、GEの航空機事業と共通していると言える。
GEの航空機ビジネスは航空機産業内のBtoBから、航空業界のBtoBへと拡大し、市場・顧客は上流から下流へと大きく広がったが、BtoBビジネスであることに変わりはないし、垂直統合型ビジネスモデルであることも変わらない。この先、さらにGEが企業・業界の枠を超えた水平協働型のビジネスモデルへと移行するのか、なるとすればどのようなかたちでそれが行われるのかはまだ見えていない。
ミシュランの運用支援サービスも、タイヤを製造して流通ルートに流すBtoBビジネスから、ユーザーである運送会社を対象としたBtoBビジネスへ、つまりBtoBの範疇でユーザーに直接アクセスできる分野に進出したにすぎない。この先さらに他のユーザー・市場へ拡大展開できるのか、そのためにどのようなビジネスモデルが新たに構築されるのかは未知数だ。
しかし、これら20世紀の産業を牽引してきたメーカーが、モノを造って売る既存のビジネスモデルから、従来の顧客や市場の先にいるユーザーに体験価値を提供する新たなビジネスモデルへ、部分的にせよ移行を開始したことは注目に値する。