財産のほとんどが会社を継ぐ長男に・・・
相続においてもっとも不幸な出来事は相続税の支払いが多額に上ることではありません。相続財産を巡って兄弟姉妹など家族が争う「争族」になることです。「争族」を回避しながら円満な相続を実現するためにはどうすればいいのか、事例をもとに考えてみましょう。
宗太郎 相子は最近、相続のことを勉強しているようだが、私の友人一家がどうやら相続で大きなトラブルが起きてしまい、困っているようなんだ。
相子 なにが起きたの?
宗太郎 Iさんは一代で印刷会社を築き上げた創業社長なんだが、「会社を継いでくれる長男に財産のほとんどを譲り渡す」という遺言をして、去年亡くなったんだ。
圭子 Iさんといえば、たしか娘さんは有名なバイオリニストよね。
宗太郎 ああ。世界を飛び回っている音楽家で、Iさんはいつも自慢していたよ。ところが相続となると、バイオリニストである長女にはほとんどなにも残さなかったらしい。会社を存続させて、従業員の生活を守るためには致し方なかったんだが、長女は激怒してね。「弟が無理やり書かせたに違いない」といって聞かず、家族とはひどく険悪な仲になってしまったんだ。
圭子 でもIさん、娘さんをあんなに可愛がっていたのに。会社で儲けが出ても、自分は軽自動車に乗って、娘が海外の音楽学校に通う費用を捻出してたって聞いたけど。
宗太郎 Iさんの奥さんもそういってなだめたんだが、長女は「お父さんは私が可愛くなかったんだ」って怒るばかりらしい。遺留分を請求しているとかで、長男は相続税を支払ったら自社株しか手元にないからと困り果てていると聞いたよ。
相子 Iさんが生きていたら、ちゃんと説明できたのに、亡くなってしまったらどうしようもないのかしら。
いったんもつれた気持ちを解きほぐすのは非常に困難
Iさん一家のトラブルについて話をしていた相子はだんだん心配になってきました。「我が家は大丈夫かしら・・・」と考えはじめると夜も眠れなくなってきたので、家族そろって北井税理士に相談しに行くことに――。
相子 先生、こんにちは。大勢ですみません、うちの家族です。今日はお世話になります。うちは大丈夫だと思うんですけど、相続を巡る気持ちの行き違いを予防するいい方法ってないんでしょうか?
宗太郎と圭子 先生、はじめまして。いつも娘がお世話になっております。
北井 はじめまして。北井です。こちらこそ、いつも相子さんに鋭い質問をいただくので、税理士としてとても励みになっています。今日はどうされたんですか?
宗太郎 実は私の知り合いにIさんという印刷会社の社長がおったんですが、去年なくなりましてね・・・(Iさんの長女と長男の間に起こった相続トラブルについて、ひと通り北井先生に説明する)・・・。
北井 なるほど、なるほど。まずトラブルの原因となったのは、お金の問題ではなく亡くなったお父さんの「気持ち」がきちんと伝わっていなかった、ということを理解する必要があるようですね。Iさんは長女のことを強く愛し自慢に思っていたのに、長女側はその思いを知らないために、お父さんが決めた相続に納得できなかったのでしょう。
宗太郎 たしかにそうですね。彼女は有名なバイオリニストですから、お父さんから財産を相続しなくても特に困らないと思います。それに上場もしていない印刷会社の株式をもらっても困るでしょうし。
北井 いったんもつれた気持ちの問題を解きほぐすのは非常に困難です。ですからそうなる前に、遺言書の「付言事項」で不満の芽を摘んでおくことが肝心です。
相子 なるほど、教えていただいた「付言事項」がありましたね。
北井 はい。特に今回のケースでは長女への感謝と説明があればトラブルは未然に防げた可能性がかなり高いですね。
<付言事項の内容の例>
● 家族それぞれへの思い(Iさんの場合は長女に対しては誇りに思い愛していること、長男には事業を支えてくれたことへの感謝と期待など)
●家族に対する深い感謝の気持ち
●長男に相続財産の大半を承継させる理由
<ONE POINT>
● 遺言書には「付言事項」をつけることができる
●付言事項を使って家族への感謝や財産分配についての考えなど、被相続人の気持ちを伝えることで相続トラブルを防ぐことができる