住民同士の紛争を未然に防ぐ「紳士協定」
訳あり物件に悩まされない最高の予防策は、訳あり物件が発生しない地域に住むことである。たとえば、「東の田園調布、西の芦屋」に代表されるような、超がつく高級住宅地なら、訳あり物件にあたる心配はほぼないと言えよう。
「田園調布会」は、町内会ながらも社団法人であり、集会場を持つ町内会館も保有している。そして、この区域での住宅の新築や増改築などに関しては、法的効力を持つ「大田区田園調布地区地区計画」や、田園調布会で定めた紳士協定「環境保全及び景観維持に係わる規定」に則(のっと)り、住民と協議するという。
地区計画や規定の主な内容は、以下の通りである。
●分割後の土地面積が165㎡を下回らないようにすること。
●建築物の最高高さの制限は9mとし、地上2階までとすること。
●ワンルームタイプの集合住宅の建築は不可。
●駅前及び近隣商業地域を除き、飲食店や物品販売の商店を兼ねた住宅の建築は不可。
●隣接地(家)のプライバシーに配慮し、開口部の位置や大きさに注意すること。
●敷地周囲には、原則として塀は設けず、植栽による生垣とすること。
この地域に家を新築する際には、図面と模型を田園調布会に提出することが求められる。会ではまず図面と模型のチェックを行い、さらに近隣住民にも意見を聞くのだそうだ。
これは、先の計画や規定を遵守するだけでは網羅し切れない調整を行うことで、住民同士の紛争を未然に防ぐのが目的である。例えば、空調の室外機を寝室の前に取り付けられてしまうと、それが騒音源となって夜も寝られないことになりかねないし、新しくできる家の窓が大きいと、庭が丸見えになってプライバシーが侵害される恐れもある。
そのような紛争の芽を早期に摘み取った上で、会と住民が合意し、ようやくこの地域に家を建てることが許されるのだ。
芦屋市の六麓荘(ろくろくそう)町の「六麓荘町町内会」でも、「六麓荘町地区地区計画」が制定されているが、田園調布以上に制限項目が多く、ひとつひとつの制限内容も厳しい。「建築物は1区画につき400㎡以上」という規定もある。もちろん、一切の営業行為は禁止されており、営利目的の行為を伴わない施設を建設する場合でも、あらかじめ委員会の了解が必要となる。
そして、同町内において、宅地造成又は建物を新築ないし増改築する場合は、あらかじめ図面を添付の上、近隣の承諾を得て町内会に届出し、承認を得なければならないとされている。
街全体に頑強に施されている防犯対策
このような街独自の厳しい規制があれば、近隣から悪影響を受ける環境瑕疵の問題は起きないだろうし、建築に当たって通常より厳しい規制遵守を義務づけられるのだから一般的な法的瑕疵の問題など起きようもないだろう。
物理的瑕疵についても、住環境にこだわりを持つ人が、金をかけて建てる建物に発生する可能性は低い。そもそも建築を請け負う側も、代表施工例として宣伝し得る案件に手を抜くはずもない。
それどころか、逆に、何か問題が生じたら、注文主にはもちろんのこと、日本のハイソサエティ組織でもあるこれらの町内会に、建築業者としてダメ出しをされかねないのだから、細心の注意を払うに違いない。
心理的瑕疵に関しても、これらの地域にはまず無縁であろう。街全体に防犯対策も頑強に施されているので、殺人などはなかなか起きにくいだろうし、現世を悲観して自殺することも他の地域よりは少ないに違いない。
何かトラブルがあっても、緊急ブザーでセキュリティ会社の担当者が駆けつけて来るだろうし、その前に、同居家族やお手伝いさんが見つけてくれる可能性も高いだろうから、孤独死の心配も少ないと言える。
仮にそのようなことが起これば大事件になり、センセーショナルに報道されるだろうから、心理的瑕疵物件が潜む心配はないだろう。
つまり、このような地域にずっと住んでいれば、訳あり物件と無縁でいられる可能性が高くなる。けれども、このような理想郷は日本中を見渡してもごく僅かであり、そして、そこに住まいを構えられる人もごく僅かであろう。
ほとんどの人は、経済的な都合で、或いは仕事や学校のロケーションの都合で、まさに玉石混交な物件の中から、住む場所を選ばざるを得ないのが現実で、選んだ一軒が訳あり物件でない保証などないのである。