前回は、休業損害のずさんな算出方法を取り上げました。今回は、保険会社が過度に警戒する、交通事故被害者の「詐病」について見ていきます。

「被害者はウソつきである」という前提

休業損害はそもそも治療期間の範囲しか認められない。したがって保険会社が治療費を打ち切りながら休業損害を支払い続けるという事態はあり得ない。通常は休業損害を打ち切り、その後治療費打ち切りという段取りになる。休業損害の打ち切りにしても、治療費打ち切りにしても、その背景には保険会社の「詐病」への警戒がある。

 

本当は完治し、もはや痛みなどはないのに症状を訴えているのではないか。それによって支払う必要のない保険金を支払うことになるのではないか。そういうおそれと疑いを常に持っているのだ。確かにそのような被害者も皆無とはいえないだろうし、それをチェックすることも保険会社の一つの仕事かもしれない。

 

しかし、そのことを理由にして多くの被害者の症状固定を早め、治療費や休業損害を打ち切るとしたら、それは本末転倒ではないか。一部の不正な被害者を取り締まるために、多くの正直な被害者に不利益を被らせるなど、あってはならないことだ。しかし、このあってはならないことがまかり通っているのが現在の交通事故補償の実態である。保険会社の対応はあたかも、被害者のほとんどは嘘をつくものだという前提から始まっているように感じられる。その証拠に医師に対する照会も、要はもうすでに治っているのではないか、嘘とまではいかなくとも被害者が大げさに症状を捉え、訴えているのではないかという疑いから入ってくることが多い。悪意のない被害者にとってこのような保険会社の態度ほど不条理で腹立たしいものはない。治療を一方的に打ち切られた事実自体もさることながら、その背景には、どうせ本当はそんなに大した怪我ではないのに保険金目当てで症状を訴えているだけではないのかという疑いがあるのだから。

 

そもそもムチ打ち症などの神経症状において損傷を客観的に証明することはとても難しい。例えばレントゲンなどの画像には何ら異常が認められないけれども痛みは残っているということは、神経症状なら当たり前のように存在する。保険会社は客観的な証拠としてレントゲンやMRIなどの画像による証拠を求めるのだが、このような神経症状はほとんど画像に映らないのである。そこで証拠がないからといって保険会社はもはや治療すべき損傷はないはずだと主張する。痛みがあるというのは大げさにいっているか、騙しているのかどちらかではないかというのである。実際に痛みで首が回らなかったり、腕が上がらない被害者からすれば、この保険会社の認識ほど納得できないものはない。

痛みに耐えきれず仕事を休むのは「不誠実」!?

ただしこれは保険会社だけではない。ある裁判官が雑誌の対談の中で、「痛みをこらえて頑張って働く誠実な被害者」という表現をしていたことがある。交通事故に遭ったのに、仕事に穴を開けないように痛みに耐えて働いた被害者のことを述べたもので、これは一見、被害者を賛美しているいい話のように聞こえるのだが、それは誤りだ。

 

この表現の裏を返せば、「痛みに耐えきれず休んで働かないのは不誠実な被害者だ」という認識なのである。事実、この対談の中で、裁判官自身が追突された経験を語り、自分が三日で仕事に復帰したことを自慢げに語っていた。つまりは、「ムチ打ちごときで長期間痛みを訴える被害者は、働けないと嘘をついているのと同じだ」と見なしているのである。こうした考えの持ち主たちが今の司法を動かしているのだから、被害者に不利な判断を下すのも、当然のことなのかもしれない。

 

保険会社も司法も、このような認識であるから、交通事故被害者にとっては散々であるといわざるを得ない。彼らにしてみれば交通事故被害者はちょっと油断して甘い顔をするとつけ込んでくる、気の抜けない相手らしい。しかしこれまで数多くの交通事故事件を扱ってきた私の目から見て、そのような悪意のある被害者はほとんどいない。多くの被害者は、痛みや苦痛を本心から訴えている。そんな訴えにも耳を貸さないばかりか、詐病の疑いさえかけて当然のような顔をしている保険会社の方こそ、私から見たら悪意のある気の抜けない存在なのである。

本連載は、2015年12月22日刊行の書籍『ブラック・トライアングル[改訂版] 温存された大手損保、闇の構造』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

ブラック・トライアングル[改訂版] 温存された大手損保、闇の構造

ブラック・トライアングル[改訂版] 温存された大手損保、闇の構造

谷 清司

幻冬舎メディアコンサルティング

現代に生きる私たちは交通事故にいつ巻き込まれるかわからない。実際日本では1年間に100万人近くの人が被害者であれ加害者であれ交通事故の当事者になっている。そのような身近な問題であるにもかかわらず、我が国の交通事故補…

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