前回は、保険会社による被害者への「交通事故補償」の実態を取り上げました。今回は、自賠法制定以前の「交通事故補償制度」の問題点を見ていきます。

激増する交通事故を背景に整備された「自賠責保険」

さて、これまで何度も登場している「自賠責保険」について、どのような経緯で整備されるに至ったか改めて説明しておこう。自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)は昭和30年(1955年)7月に制定された自動車損害賠償保障法に基づいて設けられたものだ。

 

当時自動車台数は戦前で最も多い昭和13年(1938年)の22万台から、130万台と6倍に達しており、交通事故件数も急上昇していた。昭和30年の交通事故被害者数は約8万3000人、そのうち死亡者数は6400人となっていて、将来にわたってさらにその数は増えるものと予想された。このような状況を背景に交通事故被害者の新たな補償制度が確立されたのである。

高額な損害賠償の支払い能力を持たない加害者

ちなみに、それまでの我が国の交通事故に関する法律、補償体制はというと不完全で問題が多く、交通事故被害者の大多数は満足な補償も与えられていない状況であった。その主な問題点は以下の2つである。

 

一つは加害者の多くが保険に未加入で損害賠償を支払えるほどの資力がなかったことだ。

 

交通事故で死亡した場合や、重度の後遺障害を負った場合などはとくに損害額は膨大になる。多くの人たちはそのような高額な損害賠償を支払えるほどのお金を持ってはいない。

 

昭和30年(1955年)当時、自動車保険加入者は自動車を保有している者のうち20%程度、対人賠償責任の保険に入っている人は10%にも満たなかった。このような状況においては、たとえ裁判で賠償を勝ち取ったとしても実際に補償を受け取れないことも十分ありうる。加害者に支払う能力がないのであるから、被害者はまさにやられ損、泣き寝入りするしかなかったわけだ。

加害者の「故意か、過失か」の立証は難しい

もう一つの問題は法的なもので、いわゆる不法行為の成立要件としての「過失責任の原則」である。民法第709条は「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」としている。

 

要は不法行為によって他人に被害を与えた加害者は、損害賠償する責任があるということであるが、この不法行為の成立のためには、客観的に損害が存在し(客観的要件)、かつ加害者側の故意または過失が存在しなければならない(主観的要件)。

 

さらに故意や過失に関しては、不法行為における相手方の故意または過失を主張する者が、それを証明する責任を負うことが民法の原則となっている。損害を与えられた方、すなわち被害者が加害者の故意・過失を立証しなければならないのだ。つまり交通事故において交通事故の加害者の不法行為が成立し、その賠償責任を追及するためには、被害者自らが損害の存在を示すとともに、加害者の運転のどこに故意や過失があったのかを証明しなければならなかった。

 

しかし、加害者の方に故意や過失があったかどうかの立証は容易ではない。被害者が相手の運転のどこに問題があったか、よそ見をしていたとか、スピードを出しすぎていたなどということを指摘したとしても、まず証拠を揃えることが難しい。目撃者などの証言を集めるといっても、警察ならいざ知らず、一般の人間が実際にやろうとしたら大変な労力を必要とする。結局相手の故意・過失を立証できずに、不法行為として成立させることができず、補償を受けられないというケースが少なくなかったのである。

本連載は、2015年12月22日刊行の書籍『ブラック・トライアングル[改訂版] 温存された大手損保、闇の構造』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

ブラック・トライアングル[改訂版] 温存された大手損保、闇の構造

ブラック・トライアングル[改訂版] 温存された大手損保、闇の構造

谷 清司

幻冬舎メディアコンサルティング

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