前回は、後遺障害認定を徹底的に拒否するための「保険会社の手口」について解説しました。今回は、後遺障害の等級を下げることに執心する保険会社の実情について見ていきます。

他病院への照会で主治医の意見書を否定

前回の続きです。

 

交通事故による傷害の治療において、病院を変えるということは珍しくない。事故後救急車で運ばれる病院と、その後の通院の病院が変わることはよくあるし、その後もさらに病院を変えるケースもある。患者としてはできるだけ信頼ができる医師によって治療を受けたいというのは当然で、Eさんの場合もそのようなケースと考えられる。

 

いずれにしても主治医としてその症状と治療経過を把握し、症状固定判断を行ったC病院の医師の意見が最も尊重されるべきであるのはいうまでもない。被害者自身が股関節の痛みを感じたのは10日後であるから、A病院、B病院に照会をかけたところでその症状が見られないのは当然といえば当然である。わざわざそんな照会をかけて回答書を取り寄せ、主治医の意見書を否定すること自体無理があるし、最初から非該当を前提とした証拠集めとしか考えられない。

 

さらに審査会の見解を疑うのは「受傷当初に訴えが認められていない症状が事故後10日を経て発症することは、一般的な症状経過とは捉えがたい」という一文である。とくに神経症状においては受傷後数日、場合によっては数週間経って顕在化することは決して珍しくない。あるいは機能障害であればもっと早く症状が出るはずだというかもしれないが、本人は数日間ほぼ歩行することなく安静にしていたわけで、実際に通院し、ある程度の負荷が両足にかかってはじめて、その痛みと不具合に気がつく場合もあるであろう。

等級を下げるための証拠集めは日常茶飯事

結局のところ審査会の見解によれば、事故後数日経っての症状の訴えは、事故と症状との因果関係がないから認められないということだが、それならば被害者は10日の間に交通事故とは別に新たなトラブルに遭い、それによって損傷をしたとでもいうのだろうか? だとすれば事故後数日経って発症したものに関しては、まず後遺症としては認められないということになる。まったく常識的な感覚からはかけ離れた見解であり、それを審査会ともあろう機関が当たり前のように回答してくること自体が考えられない。

 

この件も到底承服することができずに紛争処理申請を行ったところ、審査会では頑として認めなかった画像所見に関して、外傷性の損傷があるものと認め、また10日後に歩行してはじめて痛みを訴えることも医学的に見て十分にありうるということから、股関節の可動領域の制限と痛みは交通事故によるものと認められた。ただし、股関節の可動制限は関節の損傷や変性といった物理的、器質的なものではなく、神経麻痺や疼痛といった神経的なものと判断されるとして、機能障害の10級ではなく、神経症状の12級の調停結果が下ったのである。

 

画像所見を認め、事故との因果関係を認めたこと、事故後数日経過しての症状も認めたこと、等級非該当から12級が認定されたことは前進であったが、こちらとしては機能障害の要件は十分に満たしているという判断であったので、紛争処理機構の調停結果には不満は残る。それにしてもこれらの認定に携わる機関、ことに損害保険料率算出機構と保険会社、自賠責保険審査会の認定に対する厳しさ、等級を一つでも下げようとする異常なまでの彼らの執念は一体どこから来るのであろうか?

 

Eさんの例に限らず、等級を下げるための証拠集めとしかいいようがない医師への照会は日常茶飯のように行われているのである。しかも彼らはお抱えの弁護士や医師をたくさん擁しており、それぞれのケースに応じてどのような証拠を集めればいいか、そのため医師をどのように誘導すればいいかを知り尽くしているのである。彼らの手にかかれば12級の認定を受けるべき事案を非該当にすることなど簡単である。

本連載は、2015年12月22日刊行の書籍『ブラック・トライアングル[改訂版] 温存された大手損保、闇の構造』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

ブラック・トライアングル[改訂版] 温存された大手損保、闇の構造

ブラック・トライアングル[改訂版] 温存された大手損保、闇の構造

谷 清司

幻冬舎メディアコンサルティング

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