前回は、保険会社が過度に警戒する、交通事故被害者の「詐病」について取り上げました。今回は、治療費と休業損害の打ち切りを図る保険会社の実態について見ていきます。

保険金を低く抑えるだけでなく、示談も有利に進める

保険会社が早々と、治療費と休業損害の打ち切りを推し進めてしまうのには、保険金をできる限り抑えたいという保険会社ならではの思惑があることは前回までに述べた。傷害の治療に関する保険でいえば、治療費や入通院慰謝料、休業損害の合計で自賠責保険の上限である120万円以内に収めれば、保険会社は上乗せ分の保険金を支払う必要はない。だから彼らは死に物狂いで被害者の症状固定を急ぎ、治療費の打ち切りを目論むとともに、もう働けるはずだということで休業損害を早々と打ち切ってしまうのである。

 

治療費の打ち切りと休業損害の打ち切り。これこそが実はまさに彼らの戦略なのだ。そこにはこれら保険金をできるだけ低く抑えるという目的とともに、交通事故の示談自体を、有利に進めていくという目的がある。実際この2つをストップされてしまうと、被害者側にしてみればもはや戦うことができなくなる。というのも、怪我で病院に通い、仕事もできない被害者がこれをやられることは、まさに兵糧攻めをされているのと同じだからだ。戦おうにもまず生活が立ち行かなくなる。こうなるともう被害者は保険会社の提示する一方的な条件で示談に応じるしかできなくなってしまう。

 

保険会社の担当者は被害者に対して最初は親切そうな顔をして接してくるのだが、決して油断してはいけない。彼らが熱心なのは、治療期間の日数を確定し、保険会社の損害を拡大させないようにすることだといっても過言ではない。極端な話、彼らは医師に後遺障害の診断書さえ書かせてしまえばいいのである。後遺障害の診断書には症状固定の日付が書かれている。その診断書さえ手元にあれば、もはやそれ以上損害は拡大しない。大手を振って治療費を打ち切り、休業損害もそこで終わる。そして保険会社のペースで示談交渉ができる。これこそが彼らの最大の狙いなのである。

加害者本人より保険会社に憤る被害者も

示談交渉は明らかに法律事務であり、本来なら被害者と弁護士の間で取りまとめられるものである。弁護士法第72条によれば、弁護士以外のものが法律事務を業として継続的に行ってはならないと定められている。これに違反するものは「非弁行為」とされ、厳しく罰せられることになっているのである。保険会社が行っている示談代行は本来ならこの非弁行為に相当する。にもかかわらず、保険会社は大手を振って示談代行を行っているのである。

 

実は保険会社は日弁連と協定を結び、一定の条件のもとに被害者と交渉をする示談代行権を獲得しているのだ。少なくとも示談代行をする限り、保険会社は被害者に対して説明義務もあるし責任も負わされているはずだ。だが、実際の彼らの行為はどうか。ほとんど何の説明もなく、自分たちの都合で一方的に治療費の打ち切りや休業損害の打ち切りを行ってしまうのである。

 

示談代行権を笠に着て、まさに彼ら保険会社はやりたい放題という状況だが、それだけにとどまらない。交通事故の損害賠償には3つの基準がある。一つが自賠責保険の基準。これは最低補償であり、保険金額は基本的に低額である。次が任意保険の基準。本来自賠責で賄いきれない補償に対応するための保険であるから、自賠責の基準よりは高めに設定され、裁判基準よりは低いとされている。最後が裁判基準で、この基準が最も高額になる。

 

ところが実際はどうかというと、保険会社が提示する任意基準の金額は、ほとんど自賠責に毛の生えた程度のものである。しかもその金額をどういう基準で出しているか、算出基準も不明である。被害者が知らないのをいいことに、一方的な金額を提示するのである。

 

私は以前保険会社側の代理人として交通事故の交渉を請け負っていたことがある。その時に感じたのは、被害者は、加害者本人よりも保険会社に対して激しく憤っているということだった。本来なら私は保険会社側の弁護士であるから、交渉に臨んだ際、被害者側から食ってかかってこられてもおかしくないのだが、逆に「先生が間に入ってくれてよかった」と感謝されてしまうことが多々あった。それだけ被害者は保険会社の対応を憎んでいるのである。

本連載は、2015年12月22日刊行の書籍『ブラック・トライアングル[改訂版] 温存された大手損保、闇の構造』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

ブラック・トライアングル[改訂版] 温存された大手損保、闇の構造

ブラック・トライアングル[改訂版] 温存された大手損保、闇の構造

谷 清司

幻冬舎メディアコンサルティング

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