前回は、交通事故被害者が不利になる「立証責任の転換」の問題点を取り上げました。今回は、自動車損害賠償保障法と自賠責保険制度の特徴を見ていきます。

無過失責任が基本、責任主体を「運転供用者」に

前回の続きです。

 

さて、このような経過で昭和30年(1955年)に成立した自動車損害賠償保障法と自賠責保険制度であるが、前述のような問題点を踏まえ、欧米の法制度にならって以下の特徴を持つものになった。

 

<実質的な無過失責任主義を基本とした>

 

新しい法律では被害者側に加害者の故意・過失の立証の責任を負わせないと同時に、逆に人身事故については加害者側に、

 

●自己および運転者が自動車の運転に関し注意を怠らなかったこと

●被害者または運転者以外の第三者に故意・過失があったこと

●自動車に構造上の欠陥または機能の障害がなかったこと

 

以上の3つの事項を証明できない限り、加害者側に損害賠償を負わせるとした。これによってこれまでの過失責任主義から、欧米と同じ実質的な無過失責任主義となり、被害者に対して有利な法律となった。

 

<責任の主体を運転者ではなく、運行供用者にした>

 

従来の法律では損害賠償の責任の主体は直接の加害者であるとされていた。交通事故の場合はすなわち運転者ということになるのだが、結局そのことによって賠償が円滑に行われないという事態が起きていた。自賠法においては責任の主体を「自己のために自動車を運行の用に供するもの」とした。つまり、自動車を保有し動かすことで利益を得る主体ということになる。

 

わかりやすくいえば、例えば夫の所有している車を妻が運転している時に事故の加害者になった場合、夫も運行供用者となり、賠償責任は夫も負うということである。これによって、これまで運転手に賠償能力がないために十分な賠償を受けられなかったという弊害を逃れることができる。

加害者の資力で不利益を被らないよう「強制保険」へ

<強制保険とした>

 

加害者の補償能力を確保するための措置として新たに保険制度を確立したが、それについては原則としてすべての自動車について賠償保険契約の締結を義務づけることとした。保険者は民間保険会社であるが、自賠責保険の公共性を鑑みて保険料率に関しては非営利的な料率を算定する特則を設けた。これによって交通事故補償において被害者が加害者の資力によって不利益を被ることがないように定められた。

 

以上の主な特徴の他に、補償を常時確保するため、ひき逃げなどのように加害者が不明な場合などにおいては政府が被害者に損害を補てんする措置を取ったことがある。また、平成13年(2001年)の法改正によって廃止されたが、社会保障的意味合いの強い本保険の特殊性に鑑みて、政府がその100分の60を再保険する措置を講じたことなどが挙げられる。いずれにしてもこれらの特徴を持つ自賠法および自賠責保険制度の確立によって、我が国の遅れていた交通事故補償制度は大きく前進を見るに至ったのである。

本連載は、2015年12月22日刊行の書籍『ブラック・トライアングル[改訂版] 温存された大手損保、闇の構造』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

ブラック・トライアングル[改訂版] 温存された大手損保、闇の構造

ブラック・トライアングル[改訂版] 温存された大手損保、闇の構造

谷 清司

幻冬舎メディアコンサルティング

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