少しだけ老後資金を増やしたくて始めた投資
現役時代、Aさんは通勤途中に新聞や本を読みながら「もし自分が投資するならこの銘柄だろうか」とたびたび想像していました。
以前目にした週刊誌に、「定年後に新しいことを始めたり、自分の実力や身の丈以上のことにチャレンジしたりする際は、将来も含めた生活設計を立てるか専門家の意見を聞くなど、よく検討しないと一人で突き進んで老後破産に陥ることがある」と書かれていたことが一瞬頭をよぎります。
しかし、根が真面目で慎重なAさんは「自分に限ってそんな失敗をするはずがない」と高を括ってしまいました。専門家への相談はおろか、「お金が増えてから驚かそう」と妻にも内緒で退職金の一部を株式投資へ投じることに決めてしまったのです。
投資の勉強のために、雑誌やSNSの書き込みや動画配信サイトの情報を取り入れながら資産形成をスタートさせました。ところが、ここで投資初心者が陥りがちな「無計画な集中投資」と「感情にまかせた売買」という罠に足をとられます。
Aさんのような投資初心者は、「株価が少し下がっただけでパニックになる」「タイミングの悪いときに売ってしまう」「分散投資ができていない」といった失敗をしがちです。Aさんはまさにこの失敗をしてしまいました。
知識としては学んでいるはずなのに、いざ自分のお金で始めると、慎重派だったはずのAさんの精神状態は一変しました。パソコンの前に座り込み、少し下落しただけでパニックに陥り、株価が戻るのを待てずに売却してしまうのです。利益が出そうになるとすぐに欲が出て判断が鈍り、損失が出ると焦って投げ売りを繰り返しました。一喜一憂の末に気がついたときには、大きな損害を出してしまっていたのです。
遠のいた「妻との温泉巡り」
「ちょっとだけ資産を増やして、妻を喜ばせたい」と行った投資は、Aさんを容赦なく叩きのめしました。
本来であれば、年金と現在の蓄えで叶えられていたはずの「夫婦でゆったり楽しむ温泉巡り」の夢は、はるか遠くへ押しやられました。
現在Aさんは、減ってしまった資金のショックに加え、「妻に内緒にしていた投資の失敗がバレたらどうしよう」という以前以上の強い不安に苛まれながら、落ち着かない日々を過ごしています。
「自分に限って失敗することはないだろう」という過信が思わぬ結果を招くことになってしまいました。
退職金は、現役時代の投資と違って「失敗しても働いてリカバリーすることが難しい貴重な原資」です。まとまった大金を初めて運用する際は、増やそうとする焦りを捨て、以下の3つを徹底する必要があります。
・「一括投入」を避け、まずは少額の積立から始める
・「生活防衛資金」と切り離し、減っても困らない余裕資金だけに絞る
・「一発逆転」を狙わず、仕組みが理解できる手堅い運用に徹する
焦りから独断で進めず、事前の準備と冷静な判断を行うことが、老後の資産を守る一番の近道ではないでしょうか。
〈参考〉
総務省:令和7年地方公務員給与実態調査結果等の概要
https://www.soumu.go.jp/main_content/001047201.pdf
厚生労働省(中央労働委員会):令和7年賃金事情等総合調査
三藤 桂子
合同会社ミコサポ
代表
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