「老後は夫婦でゆっくり」…そう思っていたのは夫だけだった
「これからは、少しゆっくりしよう」
Aさんは62歳。長年学校現場で働いてきて、50代後半には校長職も務めました。そして迎えた勤務最後の日。充実した気持ちで職場をあとにしました。
なんとなく、まっすぐ家に帰ることがはばかられたAさんは、帰宅途中で馴染みの居酒屋に立ち寄ることに。1人、ビールの入ったグラスを傾けつつ、これまでを振り返るAさん。
忙しい毎日だった。振り返ると家のことは妻に任せきりだった。苦労をかけたはずだ。妻の支えにも感謝しなければ。年金はまだ受け取れないだろうが、退職金も出た。これからは夫婦で旅行でもしながら、穏やかに暮らそう。――お酒が入り、高揚した気持ちを胸に、Aさんは、そんな第二の人生を思い描いていました。
ところが、花束を抱えて帰宅し、リビングでくつろいだAさんを待っていたのは、想像もしなかった妻の言葉でした。
「離婚してください」
Aさんは一瞬、なにをいわれたのかわかりませんでした。妻はさらに続けます。
「退職金、いくらだったの? それもきっちりわけてもらいますから」
静かにテーブルの上に置かれた紙には「離婚届」の文字が。妻の氏名欄はすでに埋められています。顔のほてりは一気に引き、Aさんはソファに腰掛けたまま、しばらく動くことができませんでした。
退職金2,000万円があっても、老後の計画は簡単に崩れる
厚生労働省の「令和6年人口動態統計」によると、2024年の離婚件数は18万5,904組で、離婚率(人口千対)は1.55。2023年以降、離婚件数、離婚率ともに再び増加しています。また、2024年は前年と比べ、同居期間5年以上の各階級で離婚件数が増えました。長年連れ添った夫婦の離婚も、決して珍しいものではないことがうかがえます。
離婚が決まれば、それまで夫婦で1つだった生活設計を、別々に組み直さなければなりません。Aさんの場合、住宅ローンは約700万円残っていたものの、退職金が約2,000万円ありました。退職金が入れば住宅ローンを一括返済するつもりだったAさん。将来受け取る年金は月18万円ほどです。妻の分も合わせれば年金額は約25万円でした。さすがに65歳まではまた働かねばと思っていましたが、夫婦で受け取る年金を中心に、細々と夫婦で暮らしていくつもりでした。
ところが、離婚となれば状況は変わります。婚姻中に夫婦で築いた財産については、離婚時に財産分与を考える必要があります。退職金についても、婚姻期間や形成過程などによって財産分与の対象となることがあります。もし退職金の一部も妻にわけるとなれば、Aさんが思い描いていた「退職金で住宅ローンを完済する」という計画の雲行きも怪しくなってくるかもしれません。ローンが残れば、返済は続きます。場合によっては、65歳以降も働き続ける必要が出てくるでしょう。
財産分与を受けるといっても、妻の老後の経済状況にも注意が必要です。たとえば、離婚時には、財産分与とは別に「年金分割」という制度があります。年金分割という名称から、「夫の年金を半分ずつにわける制度」と思われることがありますが、実はそうではありません。分割の対象となるのは、原則として婚姻期間中の厚生年金の算定のもととなる記録のみ。配偶者の年金額からの分割を受けられるわけではないのです。
実際、厚生労働省の「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」によると、令和6年度に「3号分割のみ」によって年金額の改定を受けた女性受給権者の増加額は平均8,317円です。もちろん、あくまで平均ですから、個別の状況により、これよりも多く年金額を増やせるケースもあるでしょう。ただ、そこまで大きく増えるものではない、という点は押さえておいたほうがいいでしょう。
なお、離婚時の年金分割は2026年4月から請求期限が原則2年から5年に延長されました。手続きできる期間は長くなりましたが、早めの手続きが肝心です。場合によっては生活設計が立てられず、不安な日々を長く過ごすことになるかもしれません。

