「ここでずっと暮らそう」60代で選んだ庭付きの家
「移住したこと自体は、今でも後悔していないんです」
そう話すのは、71歳の博之さん(仮名)です。同い年の妻・佳代子さん(仮名)と2人で暮らしています。
夫婦はもともと首都圏の駅近マンションに住んでいました。
博之さんが会社員だったころは通勤に便利でしたが、定年が近づくにつれ、「仕事を辞めた後までここに住む必要はないよね」と話すようになったといいます。
そこで60代前半に購入したのが、地方都市の郊外にある庭付きの中古戸建てでした。
駅からは離れているものの、車ならスーパーまで10分ほど。庭では佳代子さんが野菜や花を育てられます。
都市部のマンションを売却した資金で購入できたため、新たな住宅ローンもありませんでした。
夫婦の年金収入は月約23万円。住宅費を抑えられたこともあり、移住後の生活に大きな不満はなかったそうです。
「朝、窓を開けても車の音がほとんどしないんです。庭でトマトを作ったり、近くの直売所へ行ったり。最初のころは『もっと早く引っ越せばよかった』と言っていました」
しかし、70歳を過ぎたころから、夫婦の会話に少しずつ変化が出てきます。きっかけの一つは車でした。
スーパーへ行くにも、かかりつけの病院へ行くにも、基本的には博之さんが運転します。佳代子さんも免許は持っていますが、数年前からほとんど運転しなくなっていました。
「80歳になっても運転するのかな」
ある日、佳代子さんがそう言いました。博之さんも考えたことはありましたが、「そのころになったら考えればいい」と答えたそうです。
バス停は徒歩圏内にありました。しかし、本数は1時間に1本程度。行きたい場所へ直接行けるわけでもありません。
それでも、車が使えるうちは困っていませんでした。
国土交通省『令和5年住生活総合調査』では、65歳以上の夫婦世帯が今後の住み替えで住宅周辺の環境について重視する項目として、「日常の買物などの利便」が42%で最も高く、「医療・福祉・介護施設の利便」が17%となっています。住まいを考えるうえで、日常生活に必要な場所へのアクセスは高齢期ほど無視しにくい条件です。
夫婦も「いつかは住み替えるかもしれない」と話し、都市部のマンションをインターネットで眺めることはありました。
ただ、庭のある生活を気に入っていたこともあり、具体的には動きませんでした。そんな夫婦が本格的に住み替えを考えたのは、博之さんが71歳になった春でした。
