「明日から会社に行かなくていい」最初の数ヵ月は楽しかった
「最後の出勤日は、寂しいというより、やっと終わったという気持ちのほうが大きかったですね」
そう話すのは、62歳の武史さん(仮名)です。60歳の妻・由美子さん(仮名)と2人で暮らしています。
武史さんは大学卒業後、メーカーに就職。営業や管理部門で約38年間働き、60歳で定年を迎えました。
勤務先には継続雇用制度があり、65歳まで働くこともできました。しかし、武史さんは利用しませんでした。
住宅ローンはすでに完済。退職金は約2,800万円あり、それまでに蓄えた預貯金もありました。65歳から受け取る予定の年金額も確認したうえで、当面は働かなくても生活できると判断したのです。
「40年近く働いたんだから、もういいだろうと思ったんです。朝は目覚ましをかけずに起きて、平日に旅行へ行って。そういう生活をずっとしたかったんですよ」
退職直後は、まさに想像していた通りでした。
妻と温泉へ出かけ、学生時代の友人とゴルフへ行き、平日の昼間から映画を見る。長年できなかった自宅の片付けにも手をつけました。
ところが半年ほどすると、やりたかったことが一巡します。
旅行は毎週行くものではありません。ゴルフ仲間のなかにはまだ働いている人も多く、平日に誘えるとは限りませんでした。
妻にも妻の生活があります。週3日のパートに加え、友人と出かけたり、習い事へ行ったりする日もあります。
ある朝、妻を送り出したあと、武史さんはリビングでテレビをつけました。午前10時になっても、特にすることがありません。
「今日は何をしようかな、と考えるんです。でも、別に今日じゃなくてもいいことばかりなんですよ。買い物も明日でいいし、散歩だって午後でもいい。時間があるのに、使い道がない感じでした」
そんな日が少しずつ増えていきました。
厚生労働省『令和7年「高年齢者雇用状況等報告」』によると、従業員21人以上の企業では、65歳までの高年齢者雇用確保措置を実施済みの企業は99.9%。そのうち65.1%が「継続雇用制度の導入」によって対応しています。現在は、60歳を一つの区切りとしながらも、その後も働く選択肢を持つ人が多い環境になっています。
武史さん自身、会社に残らなかったことを後悔しているわけではありません。ただ、仕事を辞める前には考えていなかったものまで、会社に置いてきたことに気づき始めていました。
