(※写真はイメージです/PIXTA)

「退職して独立した元社員が、担当していた既存顧客を引き抜こうとしている」…。これは多くの経営者を悩ませる深刻な問題です。自社の売上や信用を守るため、会社は元社員に対してどのような措置をとることができるのでしょうか。そこで、実際にココナラ法律相談のオンライン無料法律相談サービス「法律Q&A」へよせられた質問をもとに、元従業員による顧客引き抜きへの法的対応について、江﨑裕久弁護士に解説していただきました。

顧客引き抜きトラブルを未然に防ぐ「平時の備え」

この種の相談において「誓約書にサインさせているから大丈夫」という方は多いのですが、まず退職後の競業避止条項は、期間・範囲・代償措置の点で合理性を欠けば無効と判断されます。「退職後3年間、同種の業務を一切行わない」といった包括的な条項は権利行使が難しくなります。また、元従業員の立場が例えば平社員だったような場合、退職金の上乗せ等の代償措置がなければ競業避止義務が認められることは難しいといえます。

 

また、秘密保持条項の方は、2~3年間という常識的な期間であれば、条文自体が有効とされる可能性が高いとはいえますが、単に退職の挨拶の際に独立することを述べただけ、というような場合には秘密情報の「利用」とは評価されないことが多いといえます。具体的にどのような言動がなされたのかを示す証拠、例えば勧誘するメールなどが残っていれば明白ですが、そうではない場合には顧客等の第三者から証言等の協力を得る必要があります。

 

このような誓約書や覚書がない場合にも権利行使が可能なのが、不正競争防止法上の営業秘密の不正利用類型です。念のためにいえば、誓約書や覚書違反による権利行使と並行して権利行使が可能ですが、実務上、営業秘密として保護されるための要件の一つである「秘密管理性」が認められるかの認定が厳しいため、多くの場合で誓約書や覚書の方が違反を問うこと自体は容易です。

 

もう少し詳しく説明すると、例えば顧客名簿や価格表は「営業秘密」になり得る情報ですが、「社内の誰もが自由に閲覧・複製できる状態では、秘密として管理されていたとはいえない」と判断された裁判例は少なくありません。営業秘密として保護されるためには、アクセス権限を業務上必要な範囲に限る・ファイルに「秘」と明示する・私物端末や個人アカウントへの持ち出しを禁じる規程を置き実際に運用すること等が必要になってきます。本来そうあるべきことには異論はないと思いますが、これが徹底されている会社は中小企業ではあまり多くないといえます。

 

退職時の手続きも重要です。退職面談で、秘密保持と競業に関する覚書を改めて書面で提出していただくことが望ましいのはもちろんなのですが(いずれも強制的にサインさせることはできません)、貸与端末やデータの返却・削除を記録に残し、PC回収後に退職直前に不審なデータの移行がないかを確認すること等はやっていただきたいところです。

営業を受けた顧客から、企業の秘密管理体制に疑念を持たれるケースも

少し観点が変わりますが、これらの話は、実はどのような会社でも問題になり得ます。営業から情報が漏れたり、退職者が競合会社に就職したりすることはある程度やむを得ないし許容するという考えであっても、逆に顧客の方から「元従業員が貴社の情報を持って営業に来たが、貴社の秘密管理体制はどうなっているのか」といわれてしまうこともあります。

 

顧客が上場企業やそれに準ずる会社であれば、普段から従業員に対して意識付けをし、万が一流出が疑われる状態になった場合、上記のように元従業員に対する責任追及が可能な体制を取っておくことが望ましいところです。

従業員個人に依存せず、組織として対応する体制づくりを

最後に、少し法的な議論とは離れますが、顧客の引き抜きは、顧客対応がほぼその担当者に依存し、引継ぎも容易ではないという状態のときに最も起きやすいといえます。

 

会社として従業員個人に依存せず組織として対応する体制を作ることが、実は最大の防衛策であると思います。上記で述べたように、法的には色々な手段は考えられるところですが、その追及にかかる手間や、立証の難しさ、経済的な損害の回復が難しい(仮に顧客がその元従業員に引き抜かれなかったとしても将来的に取引が解消される可能性もあり、損害を算定しにくい)こと等からも、事後の追及よりも、事前の体制構築の方が効果的であると思います。

 

 

江﨑 裕久

江﨑法律事務所

代表弁護士

 

 

 

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