ベッセント米財務長官が為替市場に示した「重要メッセージ」
「円安なら日本売り」という相場の常識が、少しずつ変わり始めているのではないでしょうか。
2026年夏、為替市場で私が注目しているのは、単純なドル円の値動きではありません。これまで円安を支えてきた「構造そのもの」に変化が起き始めていることです。その象徴が、8月末に米国ノースカロライナ州アッシュビルで開催されたG20財務相・中央銀行総裁会議でした。
スコット・ベッセント米財務長官は、植田和男日銀総裁との会談で、円の「相当な過小評価」に言及し、円安が日本国内のインフレ圧力につながっているとの認識を示しました。同時に、過小評価を是正するための日本の決定的な市場・金融政策上の措置を強く支持する姿勢を明らかにしています。私はこれを、為替市場にとってかなり重要なメッセージとして捉えています。
これまで米国にとって、円安は必ずしも最優先で是正すべき問題ではありませんでした。しかし現在、米国はインフレや巨額の財政赤字と向き合い、そして国債市場の安定維持という課題を抱えています。ドル高が長期化すれば輸入物価を抑える効果がある一方で、世界的な貿易不均衡を拡大させる側面もあります。
「ドル高なら米国にとって常にプラス」という単純な時代ではなく、為替水準そのものが米国のインフレや貿易、国債市場にも影響を及ぼす時代になっているのです。
ウォーシュFRB議長の言葉に、米国金融政策を考える「ヒント」
もう一つ注目したいのが、8月28日のジャクソンホール会議でのケビン・ウォーシュFRB議長の発言です。
ウォーシュ議長は、過去のように市場に将来の金融政策を細かく約束するのではなく、経済データを重視し、より規律ある政策運営を目指す姿勢を示しました。インフレが十分なスピードでFRBの目標に向かっていることを確認する必要があるとし、予測の不確実性を認めながらも、頑健なモデルやルールを重視する考えを述べています。健全な金融政策が米国のリーダーシップを支える、という認識も示しました。
議長自身が「ドル覇権防衛」という言葉を直接使ったわけではありません。しかし、「インフレを抑え、金融政策への信認を維持し、その結果としてドルの信頼性を守る」そうした考え方は、これからの米国の金融政策を考えるうえで無視できないヒントだと私は思っています。
短期的な為替予想だけで考えない・GPIFの動きを注視
そして、その変化は日本にも影響を及ぼします。
日本では日銀の追加利上げ観測が強まり、長く続いた日米金利差を利用した「円売り・ドル買い」の取引にも変化が出始めています。金利差の縮小が進むにつれ、一方向の円安を前提としたポジションが取りにくくなっているのが実情です。
ここで重要なのは、円高になるかどうかを短期的な為替予想だけで考えないことです。
これまで海外投資家にとって、日本は「低金利の円を調達して海外資産を買う」という、いわゆるキャリートレードの対象になりやすい市場でした。しかし、日本の金利が上昇し、円安が一方向に進みにくくなれば、その前提は変わります。
日本国債にも一定の利回りが戻り、日本株についても為替の影響を過度に考えずに評価できる環境が生まれつつあります。
国内最大の機関投資家であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の動きも重要です。
GPIFの2025年度からの基本ポートフォリオは、国内債券、外国債券、国内株式、外国株式をそれぞれ25%とする構成です。GPIF自身も、市場の短期的な変動によって資産配分を頻繁に変更するのではなく、長期的な基本ポートフォリオを軸に運用するとしています。
したがって、「GPIFが円買いに動く」と単純に考えるべきではありません。ただ、国内金利が正常化することで、日本国内の債券や株式が長期資金にとって再び魅力的な選択肢になることは確かです。
私は長く為替市場を見てきましたが、相場の本当の転換点は、チャートが先に変わるわけではありません。市場参加者が「これまでの常識は、もう通用しないかもしれない」と感じ始めたときに、初めて大きな流れが変わります。
相場の常識は永遠ではありません。
米国の政策姿勢、日本の金利正常化、そして世界の投資家の日本資産に対する見方。この3つが変われば、為替市場の前提そのものが変わる可能性があります。
「円安だから日本株を買う」「円を売って海外資産を買う」という、これまでの典型的な投資行動にも変化が起きるかもしれません。
「円売り・日本売り」の時代は、本当に静かに終わりつつあるのかもしれません。
斎藤 裕司
SBI FXトレード株式会社
エグゼクティブアドバイザー
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