朝起きてから寝るまで一度も階段を使わない生活
それまで住んでいた一軒家は3,200万円で売却できました。仲介手数料やマンションの購入諸費用、内装のリフォームなどを含めても、売却代金の範囲内で住み替えられたため、老後資金として蓄えてきた4,700万円にはほとんど手をつけずに済みました。
ただ、引っ越す前の恵子さんには迷いもありました。
4LDKから3LDKになれば、当然収納は減ります。子どもたちが使っていた机や本棚、長年しまったままの布団や食器も整理しました。
「捨てるときは寂しかったですよ。子どもたちが帰ってきたときに泊まれる部屋がなくなるんじゃないか、とも思いました」
それでも、実際に暮らし始めると、想像していなかった変化がありました。朝、寝室からリビングへ行くのも、洗濯物を運ぶのも、掃除をするのもすべて同じフロアです。
「階段のない暮らしが、こんなに楽だなんて思わなかった」
引っ越して1ヵ月ほどたったころ、恵子さんは何気なくそう口にしました。
正明さんにも変化がありました。一軒家では自室が2階にあったため、夕食後に上がるとそのまま別々に過ごすことが多かったのですが、新居ではリビングの隣の部屋を自室にしたことで、以前よりリビングにいる時間が増えました。
「コーヒーを入れたけど、飲む?」
そんな短いやり取りも増えたといいます。
総務省『令和5年住宅・土地統計調査』では、住宅の高齢者向け設備として、手すりや「段差のない屋内」、車いすで通行可能な廊下幅などについても調査しています。高齢期の住まいでは、現在困っているかどうかだけでなく、今後も暮らし続けやすい構造かという視点が重要になります。
もちろん、マンションになって新たに管理費や修繕積立金が毎月かかるようになりました。以前より収納も少なく、庭で季節の花を育てられなくなったことを、恵子さんは少し残念に感じています。
それでも、2人は今のところ住み替えを後悔していません。
「階段なんて、前は家にあって当たり前だったから、不便だとも思っていなかったんです。なくなって初めて、毎日何度も上り下りすること自体が負担だったんだと分かりました」
広い家を手放すことが、必ずしも暮らしを小さくすることになるとは限りません。恵子さん夫婦の場合、部屋数は一つ減りましたが、日々の家事にかかる手間も減りました。
住み替えから1年。2人が気に入っているのは、豪華な設備でも新しい内装でもありません。朝起きてから夜眠るまで、階段を一度も上り下りしなくていいこと。それが今では、2人にとって新しい住まいを選んでよかったと思える、いちばん身近な理由になっています。
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