「お金は残ったのに」72歳で気づいたこと
状況が変わったのは、邦彦さんが70歳を過ぎてからでした。以前より長時間歩くことを負担に感じるようになり、海外旅行についても「もう少し近いところにしようか」と話すようになりました。
それでも夫婦は、国内の温泉旅行などには出かけていました。
ところが2年前、邦彦さんは体調を崩し、その後亡くなりました。典子さんが旅行について強く考えるようになったのは、それからです。
遺された資産を整理すると、自分名義の預貯金などを合わせて約5,500万円ありました。
「ずっと、お金が減るのが怖かったんです。でも一人になって通帳を見たら、こんなに残ってる。だったら、元気だったときに二人で使えばよかったと思ってしまって」
もちろん、夫婦が旅行を先送りしたからといって、その判断が間違っていたとは言い切れません。老後には住まいの修繕や医療、介護など予測できない支出もあります。
典子さんが悔やんでいるのも、貯蓄したこと自体ではありません。
「100万円の旅行が高いと思っていたけど、あとで見たら資産全体のほんの一部だったんですよね。『いくら残したいのか』も決めずに、ただ減らさないことだけ考えていました」
内閣府の同調査では、「趣味やレジャー(旅行等)の費用」を優先したいとする割合は、男女とも年齢が上がるほど低くなる傾向がみられます。年齢を重ねるにつれて、旅行などに使いたいという意向そのものが変化していく様子もうかがえます。
現在、典子さんは一人でも国内旅行へ出かけるようになりました。友人と温泉へ行き、以前から見たかった美術展に合わせて遠方まで足を延ばすこともあります。
ただ、夫婦で行こうと話していたヨーロッパについては、まだ予約できずにいます。
「一人で行けばいいんでしょうけど、あそこだけは主人と行きたかった場所なんです」
十分な貯蓄があっても、老後への不安がなくなるとは限りません。将来必要になるお金を考えるほど、旅行や趣味への支出をためらうこともあるでしょう。
ただ、お金は後から使えても、時間や体力、家族を取り巻く状況は変わっていきます。将来にいくら備えるかと同時に、元気なうちに何をしたいのか、そのためにいくら使うのかを考えておくことも大切です。
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